前日譚
石田先生に一度だけチャンスを―――――お膳立てをするつもりだった。だったのだが、どう考えても方法が思い浮かばない。
例えば彼らを同じ場所に呼び出しておいて、というのはどうだろう。
これは却下だ。おせっかいが過ぎる。お互い迷惑になり僕は疎まれるという誰も得をしない展開が待っている。
「石田先生が彼女に対して何か起こすとすれば、絶対的な根拠みたいなものを要する気がするんです。かなり入念な準備であったり、根回しのようなことをしてからでないと行動に移すことは難しいのではないかな・・と」
奥ゆかしい口調ではあるが視点は鋭い。僕は大いに納得させられた。
「なるほど、確かにそうですね」
ここからは石田先生の救済に力を注ぐことに決めている。教習の残りの回数から考えて一発勝負になるだろう。残されたのは高速道路教習のみで次は卒検だ。朝倉さんは今日、ひと足先に高速道路の教習を終えたところだった。
「怖かった、吐きそうになったよ」
「そんなに?」
言葉とは裏腹な血色のいい顔で朝倉さんは息を巻く。高速教習は午前中に2時間と定められていた。もうお昼を過ぎているから今日はアイスを買うだけで食べずに帰る。
朝倉さんは高速道路へ向かうまでに、てゆーか学校を出発してすぐ一つ目の右折で即「左右だけではなく、もっと前後も確認して!」と厳しく叱責されたそうだ。初めて受け持たれた先生だったらしい。
「それはもう怖かった」
「そんなに」
一瞬にして青ざめたような顔をして朝倉さんが頷く。
「でも彼は正しい」
もしも初めから彼の教習を受けていたら、一度も補講にならなくて済んでいたと思う。怖いから。
そう言って保冷バッグの持ち手をぎゅっと握る彼女を見て、僕は共有フォルダの内容を思い出す。ファイルの中身は大幅に変わっていた。というよりは、改変後のファイルが追加されていた。
まず一つ、補講の回数は以前よりも格段に―――――具体的にいうと5分の1を下回っていた。前回は能力以下の不当な評価を受けていたことが実証されたというわけだ。それが公表されることは無いけれど、これは前向きに受け止めよう。喜ばしいことに変わりない。
「うぉぉぉぉぉー・・まじか!」
疾患名:無
初回診断日:―
「まじかまじかまじか、ひょぉ」
まじでかよ。
それを見た瞬間に僕はPCの前で飛び上がって叫んでいた。
「うぉぉぉぉぉょっしゃあァァァァァァ!!!」
運命は変わったのだ。
彼女は明日、卒検に臨む。
吉野先生という、件の厳しくも正しい先生は朝倉さんの卒検での試験官となる。前回は石田先生と同じ班の女性教官で、吉野先生とは違った意味での厳しさで不合格にされネチネチ
「頑張ってくださいね」
「いやだ、プレッシャーだよ」
「すいません。大丈夫ですから」
大丈夫、未来は変わっているから。一発で合格できることを僕は知っている。風が吹いて葉っぱが頭上を舞う。もうそんな季節か。そういえば景色に黄色が増えた気がする。
「ありがとう。夏海くんに言ってもらえると本当に大丈夫だって思えるの、不思議。フフフ」
「フッフフ」
そうでしょうよ。自信満々に言われた言葉って、嘘でも何の根拠がなくても信じてしまうものだから。しかも僕の言葉には根拠がある。そんなことは明かせないけれど。
「夏海くん、卒業したらご飯食べに行かない?お祝いしよう!」
「はい!是非」
「うふふ、楽しみ」
「僕もです、ふっふふ」
朝倉さんが固定電話と思しき電話番号と住所の書かれた紙を差し出してくる。あさくらさとこと達筆で署名された、手のひらサイズで厚めのファンシーな紙は直筆で描き込むタイプの名刺だった。中学生くらいの頃に女子が使っていたメモ帳みたいなものだろう。よくわからない動物のキャラクターデザインが可愛らしい。
このサインは未来で大変な値打ちが出るだろう。いえ、決して売ったりはしませんけれども。
***** ***** ***** ***
「しかしながらですね。石田先生のことですから、・・・と言っても私は夏海さんのお話で知る限りなんですが」
「ええ、聞かせてください」
「シミュレーションは既にされていらっしゃるような気がするんです。それこそ幾度ともなく」
「―――確かに。僕もそう思います!あ、これ美味しい」
「ほんとですか!私あまり自炊しないものですから自信が無くて」
「すごく美味しいです」
「よかったです。私はチーズが気に入ってます」
「チーズも美味しかったですよ」
でも僕は今食べた明太子が気に入った。ホットプレートを買ってよかったと心から思う。
教習所へ行っている間に百個くらい包んでおいてもらった餃子を二人でひたすら焼いて食べていた。梅味や青のり味など変わり種が面白くて飽きが来ない。焼きそばも凄く美味しいんだけど、もうお腹いっぱいだから残ってしまうな。冷凍庫は頼りない。
「一旦冷蔵庫に入れて、明日これでお好み焼きなんて作ったらどうでしょうか」
彼の言葉に僕は思わず「はっ」と息を飲んだ。最高じゃないですか。
「天才現る!」
「いやあ」
そんな風に酔っ払い二人で考えた末に出た結論が「ケツを蹴り上げるしかない」だった。
石田先生の救済は一石を投じることが目的のオプションだ。
酔いが醒めてから思い返すと、その発想は自分でも薄情で無責任で若干ひくのだが仕方ない。でも邪魔をした分は応援も協力もする。安心しろ、思いっきり蹴り上げてやるから。あとは先生自身がなんとかするしかない。
テーブルの向こう側で胡坐をかいた彼が、白い頬を赤く染めて目を細めている。何のおもてなしもできないがくつろいでもらえているならば嬉しい。
あ、話してなかったけど同居人ができたんだよね。
🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼
“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
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