鼎の問い
予想していなかったわけでもないが、また石田先生の地雷を踏んでしまったようだ。信号が黄色に変わったので車を止めた。まだ説明を受けていないけれどこの先に踏切があるのを僕は知っている。教習車以外の利用者はほとんどいない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・プライベートなことにはお答えしかねますので」
人には踏み込んでくるくせに。
石田先生の機嫌がよろしくなくなったのは火を見るより明らかで、しかし仕事中だからなのか対応は大人だった。僕だって別に朝倉さんの仇を取ってやろうと思ったわけでは・・・・・大いにある。
―――――――― ――― ――
あさくらさとこは自動車学校へ通ったものの、下手だと散々に罵られ自信を失くした。それどころか運転することに対して恐怖心まで覚えるようになった。なんとか免許を取得してからも一度も自動車の運転をしたことはなく、ゴールド免許のペーパードライバーだとラジオでも話していたことがある。
しかしながら自ら運転せずとも移動する手段など幾らでも存在する。少なくとも未来の彼女にならそれができるだけの財力もあった。よって一番の問題はそこではない。
朝倉さんは引き延ばされた教習期間で通常の何倍もの時間を乗車した結果、重篤な日光アレルギーを発症した。発症していないだけで持ってはいたのかもしれない。ストレスが重なったせいもあるのだろう。一時は入院が必要なほどの状況に陥ったとある。
首から上に
そして日光に当たりすぎることで罹患するのは何も皮膚疾患だけではない。急激な免疫の低下が著しく、体調を崩すことが多くなった。今まで何年かに一度しか風邪もひかなかった彼女は一生付き合わなくてはならない重い病と日常的な投薬を背負うことになったのだ。
「子供ねえ。欲しかったけど、遺伝でもしたら可哀相じゃない」
結婚だってしたいと思ってるよ?
―――――その時は何とも思わずに聞き流していた、笑い話のようにあっけらかんとラジオで語る声が耳の奥の方で蘇る。
でも私の、この遺伝子を残してはいけないと思ったの。
その時のラジオを僕も聴いていた。なんて過激なことを言う人なんだろうと笑ったのを憶えている。まさか、あさくらさとこがそんな重い荷物を背負っているなんて知らなかったから。
彼女が五十代の半ばを過ぎた時分の発言かと思われる。還暦に手が届く頃のことだ。そこまで、―――――“あっけらかん”に辿り着くまで、どんな思いで過ごしたことか。無神経な質問をされてはどんな気持ちで答えてきたのか、あんな風に公共の電波で人に話せるようになるまで。それだって本心であったとは限らない。今の僕には決してそうは思えなかった。
朝倉さんが他人の利益の、しかも取るに足らない金銭のことなんかで生涯苦しむなんてことは―――――そんな未来があっては絶対にならない。
彼女は本来であれば、僕なんかがお近づきになることなど叶わない凄い人だ。だけどすぐ隣でアイスを食べて笑っていた彼女は夢と希望を持って邁進する、話してみればごく普通の善良な二十代女性だった。偉大な人だから、有名人だから尊重するわけではない。大事なアイス仲間だから守るんだ。
誰かを救おうとすれば、その陰で絶たれる想いがあっても仕方がない。今はそう信じている。それは果たして必要な犠牲なのかとも考えた。未来の世界で言えば朝倉さんは救う価値のある人間だと分類されるだろう。じゃあ石田先生は価値が無いのか?そんなことは無い筈だけど、それでも石田先生の想いを切り捨てるのだと僕の心は既に決まっている。
ただ彼にも救済をとは考えていた。朝倉さんが無事に卒業できることが決まった後でならば、彼の恋に一石を投じるのも悪くないのではないか。彼女の不条理な出費や疾病の罹患を全て避けられた場合であればお膳立てするのもやぶさかではない。
ただし石田先生の態度次第である。それに彼女の気持ちもあるから上手くいくかまでの協力はできない。あくまでお膳立てに限る。
駐車場に戻ると石田先生が静かな口調で切り出した。
「さっき、踏切の前で窓を開けませんでしたね?」
「あー、忘れちゃったー」
石田先生はおもむろに僕の教習手帳を取り出した。僕は心の中でガッツポーズをする。よっしゃ、補修ゲット!
******************
その夜、僕はある準備を始めた。鳥海社長から依頼されている雑用の為に東京まで出かける予定があるのだ。指定された場所へ行って、列に何番目かに並んでいる人に話しかける。台詞も決まっていた。その詳細が書かれたメモを引っ張り出す作業だ。
その日の朝倉さんの不在も確認は済んでいる。友達と映画へ行く日を迷っていたので「僕お休みだから、その日は朝倉さんも休んだ方がいいですよ」と誘導した。
「石田先生に当たる確率上がっちゃいますよ」と言えば簡単だった。
さておき、“そんなことをして未来の何が変わるのかわからない”というような雑用はミッションには数えていなかった。そういった案件がこれから百件以上もあるから、その時代での電車やバスの時刻表も勿論調べてまとめてある。まさか車を運転できないなんてことになるとは想定していなかったけれど。
ついでに「おまえら」へのメッセージでも何処かへ遺してこようかと思っている。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
【追記】
調べてみたら1988年夏に公開されている映画は「僕らの七日間戦争」でした!観たい!
(ナッツにやって欲しい雑用があったらお申し付けください!も検討中です。)
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