その話されてない

「夏海くんて、なんだか未来から来た人みたい」

「えっ…」




 冗談というよりは何気なく口から出た言葉なのだと解っている。それでも僕を動揺させるのには十分な一言だった。



「留学してたんでしょ?先生が言ってた」

「・・・」



 ・・・・・課長、何その設定。そして個人情報の取り扱いについて不安を覚える。雑すぎるだろ。



「ええ、まあ」

「やっぱり外国は進んでるんだなあって夏海くんと話してると思うの。だから私は海外って怖い」

「英語は好きなのに?」

「あっ、その話したっけ?」




 あっ、ヤバイ。


 その話されてない。




「英語が話せたら嬉しいけど外国に住みたいとかは全く思ってないの」

「あ、・・へえ」




 それとこれとは話が違うのに。


 そう呟いた朝倉さんは小さく溜息をつく。それ以上そのことについて彼女は何も語らなかったし僕も追及しなかった。それなのに、その背景を知っていることが彼女に対して悪いような気がしてくる。海外赴任を断った過去。


 そうでない人だっているかもしれないけれど、知らない世界へ足を踏み入れることが恐ろしいのは当然だ。だからこそ彼女は自らのフィールドで新しいことを発信するのかもしれない。そこに自覚があろうとなかろうと。 




 ********************




 僕は相変わらず頭を大袈裟に動かして左右とミラーを確認する。

 あの雨の日以外の教習は順調に進んでしまっていた。その上高校生たちが卒業して減ってゆくので教習車も空きが出るのだとかで、石田先生から日程の提案をしてくるようになった。


 朝倉さんの乗車する日時には石田先生の予定を拘束しておかなければならない。たまにはミスをして補修を増やさなければと思っているのに、考えながら運転していると通常通り運転してしまい難なくパスしてしまう有様である。しかも仮免に至っては、ついうっかり一発で合格してしまった。下手なふりをするのってなかなか難しいのだ。卒検が終わると同時に二輪の教習を申し込もうか。勿論また石田先生を指名して。




「仮免合格おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「筆記は満点だったそうで」

「ええ、たまたま・・」



 石田先生が物凄く嬉しそうだ。とっとと僕に卒業して欲しいんだろうけど、そうはいくか。




「そうです、ここは停止線よりも手前に止まるんです。よくご存じでしたね?」

「は・・っ」




 赤信号を前にして、今度は先生が怪訝な表情を浮かべた。今日は初めて路上に出たのだった。

 先生が言っているのは小さな十字路の交差点で停止線ギリギリに止めると右左折してきた車と接触する危険がある為、少し手前に止めるという“教えられない限り初心者には思い付かないであろうこと”だった。




「あの、曲がってきた車と、その、ぶつかったら怖いなって思って、早めに止めてしまいました」

「そうですか」



「ダメでしたか?」なんてすっとぼけてみる。てへ。


「いいえ、今後もそのようにお願いします。では次を右折してください」

「はい」




 焦ってしまった。僕がこの時代の人間ではないことを、バレてはいけないと誰かに言われたわけではないが一度漏れた情報は回収できない。だったらバレないでおくのが確実だ。信号が青に変わって、僕はまた上半身を大きく動かし前後左右を大袈裟に確認してから発進する。


 直線で古いスーパーの前を通過した。こんな時代からやってたんだな。未来では店長がYouTubeのチャンネルを持っているんだそうで、似顔絵とURLの書かれたポスターが貼ってあるんだ。何を発信しているのかは知らんけど。




「お友達はできましたか?」

「えっ」




 朝倉さんのことではないだろう。石田先生は朝倉さんの話題を絶対に出してこない。ということは



 ――――――― この時代に来て ってこと?



 やっぱり石田先生もしかして何か知ってる?洞察力のある人だとは思っていた。というか、人をよく見ている。




「留学して帰ってから引っ越して来たばかりだと聞いたので」



 ああ、そういうことか。近所にとか、教習所ここでとか、そういう。

 

 僕も疑り深くなっているのかもしれない。それを差し引いても、ほんと個人情報どうなってんだよ。他人の個人情報を入手したならば共有ないしは拡散せよ、と教科書にでも載っているのだろうか。これは本当に35年後から来たなんて知られたら大変だ。本当は25歳だってことも。


 


「ええ、まあ。あはは」



 僕だって朝倉さんや石田先生について色々と情報は持っているけれど、人に話したりしないぞ。まして知っているという事実を本人に話したりなんて。


 ああ、でも。そうだ。僕は19歳だ。無邪気で不躾で構わないじゃないか。何より今この話を広げてしまうのは危険だと思った。何処の国から帰って来たのかも僕は聞かされていないのだから。行ってもいない留学のことになんて話題を向けられる前に早く話を逸らした方がいいに決まっている。




「石田先生はぁ」

「はい」

「彼女いるんすかぁ?」

「―――――はぁ?・・・・・何を」




 ヤバイヤバイヤバイ。


 石田先生の地雷を想像以上の勢いで踏み抜いた気がした。たぶん彼のようなタイプはチャラいのが一番嫌いに違いない。しまった、これが若気の至りか。怖くて先生の顔を見ることができないが、最高にムスッとしているのが空気だけで伝わって来る。









 





 🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼




 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
















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