ブランカ会議(再)
目の前で笑っているはずの小谷さんが随分と遠い風景のように見えた。パーテーションの向こうにいるみたい。
「厚いですね」と僕は答えて顎関節の調子を整える。その動きに連鎖して少し肩の力が抜けた気がする。もう人に頼ってはいけない、頼れる人がいないのだと考えて凝り固まってしまった部分があるのかもしれない。でもまだ気負ているということだ。
由樹さんがいなくなった今、自分がしっかりせねば。そうだぞ夏海。腹が減ってたら戦なんかできないんだぞ。喪失感なんて受け入れるか突っ撥ねるしかないんだから。
そう思い込もうとしているのに、たった半月にも満たない時間を一緒に過ごした由樹さんがいなくなっただけでこうなんだ。鈍感な僕の思いつかないことに気が付いて問題解決に先回りして取り組んでくれたブレイン。少なくとも島野さんのこの事案を解決するまでにはいてくれると勝手に思い込んでいた。その為にきたのだと思っていたんだ。由樹さんだってそうだったに違いない。だから今日だって真理子さんの護衛をするつもりでいた。
彼は僕の他に令和を知っているただ一人の人物だった。それは決して小さくはないことで―――――心細さを吹っ飛ばすために言葉を放った。それはもう力いっぱいの空元気。
「おいしそう!!!」
由樹さんがいてくれたなら解説や面白エピソードを聞かせてくれたんじゃないかと考えてしまう。ひけらかしたりはしない物知りさが、話し相手として望んでいた以上に心地よかったのだと今は切実に痛感している。朝礼当番でしか披露する場が無いなんて勿体ない、確実に真打に到達するであろう余裕を感じる有望な二つ目のような語り口を。
「おいしいですよ!!厚いですけど!」
小谷さんも元気いっぱい応えてくれる。旅館のモーニングは軽食にしてもらったから物理的な摂取は可能かと思われた。食欲が低下しているだけだ。僕は痩せ型で細長いけれど食べようと思えば分量はこなせるんだから。ナイフとフォークは添えられていたが使ったら負けるような気がした。
「僕は燃費が悪いんです。」と言った由樹さんの言葉に応えられなかったことを悔やんでいる。僕はあの時お腹がいっぱい過ぎたのだ。それでもただ一言「一緒ですね」って言えばよかったじゃないか。頭もいっぱいだった。真理子さんの護衛のことも然りだが由樹さんが帰ってしまうことでいっぱいだった。
今までありがとうとか、お世話になりましたなんて言うことが寂しくて彼が未来へ戻ることを話せなかった。少しでも不安を拭ってやればよかったのに、なんで僕は。どうしてこんなにも。
***** ***** ***** ***
島野さんは小谷さんからの話を聞いても気を悪くなんかしなかった。小谷さんからの話だったから、に尽きると思う。信頼関係って大事なんだ。
「これから起こることは、親父さんのことだけ話したんです。奥松さんから聞いたのだと言って」
最近になって牛乳を買いに来るようになった男。未来からきたのだと冗談交じりに言った、冗談なんて言わなそうな。あの見るからに生真面目そうなつくしんぼのことを島野さんは気にかけてくれていた。
「もしも親父さんのことが的中したら信じてほしいって」
「さすが!小谷次長!!」
「やだぁ、まだ主事ですから」
照れ笑いする小谷さんは満更でもなさそうだ。ああ、若いな。こんなにかわいかったんだ。35年を経て次長になっているあなたなら器用にあしらったのだろう。僕だけが遠い過去を生きているのだという思いが改めて深まるようだった。秋はおセンチになるね。おセンチなことは季節を問わず起きているというのに。
「その話をしなくても、由美子さんの安全を考えたら申し出を断ったりしなかったとは思うんですが。あの早瀬という男は危なっかしいですし島野は頭のいい奴ですから、きっとその辺りは察しています」
「わかります」
そうだろうと僕も思う。その日に何が起こるかを伏せたとしても、護衛がいるのがわかれば牽制にはなると考えるだろう。
「ただ、残念です」
小谷さんは注文したスープスパゲッティを食べる手がなかなか進んでいなかった。水ばかり飲んでいるように見えて、たった一時間の休憩なのに申し訳ない気持ちになる。人の時間を奪うことに対して軽率になってはいけない。僕はしばし黙って咀嚼に専念することにした。弾力のあるパン生地は大変に噛み応えがある。
「島野が奥松さんに会いたがっていました。住む場所に困っていないかと心配していたんです。それは大丈夫みたいだと伝えはしたんですが」
頷くまでに若干の時間がかかってしまった。
島野さんに関しては、由樹さんが何処へ身を寄せているのかを内密にする必要はないと僕は思っていた。それがまた“未来からきた”という胡散臭い
何故かというと島野さんが今後そういった情報を発信するとは思えなかったからだ。もしも悪意無くそういうことが起きたとしても、事実が不透明なほどに薄まった随分未来のことになるだろう。言い伝えと変わらない。それに彼が個人情報の取扱いに思慮の無い人物だとも考えられない。人の迷惑になるようなことを積極的に行うような男ではないと言っていたのは小谷青年だっけ、小谷次長だったっけ。
ならば、どうして真理子さんには警戒したかって?職業柄から考えても真理子さんがパソコンに触れる時期が訪れるのはきっとそう遠くない。流行に敏いであろう彼女はすぐに順応することだろう。飲み歩くのが趣味のキラキラ女子だ。
といっても真理子さん個人に疑いを持っているのではなくて、問題はこの時代に於けるリテラシーの希薄さだ。
「奥松さんは、ご自分の意志で戻られたんですか?」
「それはわからないんです」
考えてもみなかった質問に僕はハッとする。
「―――――由樹さんは今日の予定についても、“明日も”と話していたんです」
僕は由樹さんに嘘を吐かせてしまったのだ。破る前提の約束をさせてしまった。彼には此処での“明日”など来ないことがわかっていたのに。
***** ***** ***** ***
厚切りトーストは種類が選べたが、目玉焼きが乗っている写真を見て嬉しくて飛びついた。ラピュタって現時点では一度だけ地上波での放送がされていたはずだが、その影響は受けているのだろうか。大人はアニメを見るのか。
小谷さんがスープスパゲッティを静かに啜り始めたのを見て少し安心した。二人で食べることに集中して、スパゲッティが半分くらいになったところで彼は紙ナプキンで口を拭った。
「奥松さんが帰ってしまうことは、なんというか―――そんな予感がしていました。やっぱり、みたいな」
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
ダサ1-climax
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