予感 

「奥松さんが帰ってしまうことは、———そんな予感がしていたんです。やっぱりというか」



 僕は驚いたわけでもなかったが顔を上げて頷く。さっき待ち合わせ場所で会った時の反応が、まるで想定してはいたかのように感じたのだ。今ここにいないことが疑問なのではなく、もういないのか、と訊ねられたような気がしたから。


 まだ口の中にパンが充満していたので黙っておく。自家製の鶏ハムおいしい。これは「お好みで」とのことで添えられていた。無事に家に帰ったら作ってみよう。よく噛んで、飲み込んだら応答するつもりだった。



「といっても、根拠は無いんですけど」



 僕が返事をする前に小谷さんはそう続けるが、その前に水を飲んでから頷くような仕草を見せた。自分を納得させるみたいに僕には見えた。同時に釈然としない気持ちも抱えてはいるようだ。それは仕方ない。由樹さんがここへ来たのはエニグマ現象の一種みたいなものなのだから。バミューダトライアングルと同じで解明するのは不可能なんだと思う。そう割り切るしかない。



「運命の悪戯ですかね?」



 そんなことを言って小谷さんが首を傾げるので僕はパンを喉に詰まらせそうになった。鶏ハムの塩気と胡椒にマスタードの酸味まで絡んで、これは咳き込んだら大変なことになると予測された。何が何でも我慢しなければ。いまだかつて経験したことがないほど喉がムズムズしている。



「夏海さん、大丈夫ですか?」

 


 僕は頭を上下して手のひらを彼に向け必死に水を飲み込む。待って、ちょっとお願い今喋んないで。天然なのか狙ったのか、どちらにしても不意打ちっていうのは怖い。僕の沸点が低いのもいけないとはわかっているんだけど。―――危なかった。



「それで由美子さんには・・・夏海さん本当に大丈夫ですか!?水もらいますか?」

「んごっf・・でぇ・・・でえじゃうぶデげふゥ」

「よかった、来週のサザエさんみたいになったらどうしようかと思いました」



 なんのことだかわからないが僕は涙目で何度も頷く。ならないよ、サザエさんにはならない。でももう少し深く刺さっていたら窒息していたかもしれない。ロータスタイプの小谷さん恐るべし…!



「この後、売店に行こうと思うんです。由美子さんには明日の帰りに僕と一緒に送ってくれるボディガードを連れてくると話してあります」



 売店は13時も半を過ぎれば忙しくは無いらしい。僕が質問する前に小谷青年が教えてくれた。



「さっき島野からも念を押してもらいました」



 由美子さんからは最初、送ってもらう必要など無いと断られたのだそうだ。たぶん申し訳ないだとか遠慮があって断ったのだと思う。小谷さんも島野さんも同じように考えたという。でも島野さんが説得してくれた。



「あの男は昨日、銀行員の女性を待ち伏せしていた」



 由美子さんを頷かせるにはその事実ひとつだけで十分だった。あの雨の中、正気とは誰も考えないだろう。



「由美子さんからも少し話が聞けたんですが、それは夏海さんが直接聞いた方がいいと思って」

「・・・話?」




 喉の調子がよくなくて、未だ異物感が禁じえず僕は水を飲み込んだ。




 *****   *****   *****   ***




「はじめまして」



 売店のレジカウンターを挟んで、僕は名刺を差し出した。喉の調子がおかしいままだ。いがらっぽい。



「片石といいます」

「上遠野と申します、お世話になります。よろしくお願いします」



 こうして小谷さんに紹介されて僕たちは対面を果たした。由美子さんは背が高く適度に日焼けした健康的な女性だった。気が強そうな印象を受けるのはマユルくんから聞いた話のせいだと思う。真っ直ぐな視線には正義感の強さが表れている。



「うちで―――実家はパン屋なんですけど、働かせて欲しいとしつこく頼まれていて困っているんです。住み込みのバイトさんがいるのを何処かで聞いたらしくて」



 僕は豆乳を三つ買って二人にも一つずつ渡した。さっそく飲んでみると、この当時の豆乳って凄く豆の味が強くて驚いた。また咳が出そうになる。



「あの人、駅で寝泊まりしていたでしょう?」

「そうなんですか?」



 小谷さんが驚いて声を上げた。僕は驚かない。由美子さんと目が合ったので頷いた。



「住む場所が欲しいんだと思うんです。それは気の毒だとは思いますけど」



 由美子さんはある日の夕方、早瀬千聖が万引きする現場を見かけたことがあった。ホームセンターで作業服とウエストポーチを持ち去ったのを見たらしい。周囲の目をさほど気にする様子もなく、それは明らかに慣れた手付きで常習犯であるとしか思えない身のこなしだったという。声をかけてやめさせるべきかと考える間も無いほど鮮やかで一瞬の出来事だった。




「困っていて仕方なく、という感じには見えなかったんです」


 

 僕たち三人は売店の前で立ち話をしていた。店の中で話していれば早瀬千聖がそうと知らずに来店するかもしれない、と懸念した小谷さんからの提案だった。話を立ち聞きされる可能性がある。


 本当は由美子さんの仕事終わりに喫茶店にでもと考えたが、小谷さんは就業時間中であるし、彼と入れ替わりには僕も真理子さんの護衛に向かわなければならない。この案件に関してはどうにもタイミングが良くない。



「そんな手癖の悪い人を家に入れるなんて考えられません」

「そんなの当たり前です」

「何一つ間違っていませんよ」



 驚いたみたいな顔をした後で、由美子さんが無理に笑った。



「・・・ありがとう、しつこくてウンザリしているんです」




 その言葉通りの感情が伝わってくる。普段は気丈に振舞っているのだろう。「誰かに聞いてもらいたかった」と呟いた彼女の浮かべる泣き笑いには、こっちまで胸が苦しくなる。早瀬千聖がますます危ない奴だと目の当たりにすることで恐ろしくもなっただろう。心配をかけまいと島野さんにも言いにくかったのかもしれない。立ち話になってしまったけれど今ここで聞けて良かったと心から思う。














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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面(クライマックス)で登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax












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