雨の証明

9月27日 火曜日 



 午前中は早瀬千聖の住居兼職場であった施設を訪問した。興味深い話を聞けたと思う。



「夏海さん、お待たせしました!」

「いいえ、お疲れ様です!」



 13:00を少し過ぎて小谷さんが姿を見せた。片方の手を挙げながら駆け寄ってくる。昨日の夜に電話でアポは取っていたが、昼休憩が何時になるかはわからないということだったので「正面玄関で」と場所だけ決めておいたのだ。


 僕は念のため12:00に到着していた。チャイムが鳴ると玄関へたくさんの人が押し寄せた。外へ出て隅っこに寄り少し待ってみたが小谷青年が現れる様子はなく、彼のいる市民生活課を覗くと忙しそうにしているのが見えた。上っ張りを着た女性と交通関係で出向していると思しき制服の女性が連れ立って席を離れたから、きっと彼女らが昼休憩に入るのだろう。昼当番は小谷さんであると考えて間違いなさそうだった。


 スマホが使えないことを不便に思いながらも喫煙所はそこら中にある。というわけでは無いんだけど、どこで喫煙していても特に誰からも咎められることは無いだろうという意味で。でもちゃんと喫煙所で喫煙したよ。さっき旅館近くの個人商店で買ったマルボロを一本吸って、―――アメスピはまだ貴重だから温存しておきたい。それから駅方面まで引き返して本屋さんに入った。




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 小谷青年は「あ」と首を傾げる、その理由は想像ができていた。僕はといえば苦笑いしか浮かばない。



「今日は、奥松さんは」

「未来に戻りました。昨日の夕方です、6時くらいに」

「・・・あっ」



 忽然と。

 小谷さんは「ハッ」と息を飲む。



「ああ。そうか、―――――そうなんですね」

「はい」



 彼が在るべき時代へ戻ったんですね。そう小谷さんは呟いた。僕も同じことを思っていた。小谷さんには心許無い思いをさせてしまうことだろう。僕だけでは初心者が無課金の装備であるのと同然だ。



「だから申し訳ないんですが、明日の由美子さんの護衛は僕と小谷さん二人でということになります」

「承知しました。よろしくお願いします!・・・と島野からも託っています」

「あ、・・はい!ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」



 僕らは頭を下げ合った。三文芝居、と思い出して少し寂しくなる。昨日のパトロール要請についても改めてお礼を述べた。軍師を失ったけれど小谷さんがいてくれることはこんなにも心強い。だって考えてみたら、あの小谷次長だもの。




 *****   *****   *****   ***




 小谷さんが腕時計を見た。行きましょうかと正面玄関を出るや、強い陽射しと時折吹き付ける風の冷たさに矛盾を感じる。あんなに降った雨が嘘だったみたいに道はカラカラに乾いていた。恩恵を受けた雑草は艶々して元気そうに揺れていて、それが昨日雨は確かに降ったのだという証明みたいに見える。目に映る過程は消えて失くなったけれど残された事実。それは何かに似ている。


 舗道を歩きながら情報を分かち合った。明日のことだが、島野さんはどうしても家の事情で仕事を抜けられないとのことだ。これは前回の9月28日と同じである。お父さんが週末、商工会の草野球でアキレス腱を損傷したため安静にしているという原因も変わらない。そしてそれが由美子さんを送迎できない理由だった。悪いことって重なるものなのだ。



「当たったのでビックリしました―――いえ、疑っていたのではないんですが。それに島野だって」



 小谷さんが悪戯を思いついたみたいに浮かべている笑いは未来で会った小谷次長を彷彿とさせた。僕の心臓がキュッと呼応する。


「あいつは御父上の話をするまで・・・島野はすぐに信用したわけではないと思うんです。でも由美子さんのことを―――その男のことで心配していたこともあるし」

「・・・信用されないのは仕方ないことです。まだそれだけの証拠を提示できていませんから」



 未来から来ました、あなたは命を落とし自殺したことにされて犯罪者の烙印を押されます。あなたの大切な人も―――――――そんなこと言えるわけがない。


 それに。


 これから起こることを無かったことにするのが目的で動いているのだから、証拠なんかができちゃったら本末転倒ともいえる。





――――――――――――――――   ――――――――  ―――― ――  




9月27日 13:25 喫茶ブランカ



 先日は見かけなかった若い女性の店員さんがテーブル席に案内してくれた。すぐ脇の水槽で大きめの金魚が揺蕩う。大きくなったねえ、と一人だったら話しかけていた気がする。なんだか調子が狂っていた。



「島野に話はできました」



 席に着き、小谷さんが仕切りなおすように言った。僕も答えた。



「ありがとうございます」

「すみません、うまく言えなかったと思うんですけど」

「いいえ、そんなこと全然ありません。本当に助かりました」


 

 僕が島野さんと直接言葉を交わしたのは、初めてこの地へ来た日のあの時たった一度きりだ。忙しい彼にわざわざ時間を取ってもらって話すのも、その短時間で信用を得ることもどう考えても難しい。だから間に小谷さんが入ってくれるのは助かる、というよりは小谷さんがいなければ成り立たなかった。伝えてもらえただけでありがたい。


 小谷さんは島野さんに「由美子さんを守る手伝いがしたい」という形で申し出てくれたそうだ。「未来に於いて危害を加えられるという不安要素について具体的には話せない」という前提を以て、付き纏ってくる男に厳重な警戒が必要であることを伝えてくれた。


 見ず知らずの僕なんかが絶対に聞かせていい話題ではない。彼に頼んで正解だった―――――もとはといえば彼から頼まれた話ではあるんだけどね。


 小谷さんが長年に渡り深い親交のある、島野さんの気を悪くさせる覚悟で打ち明けてくれた内容を僕は詳しくわからない。彼の昼休憩は限られていて、とても短い。


 13時を過ぎてピークは過ぎたようだがブランカは賑わっていた。小谷さんは僕らと入れ違いで店を出てゆく二組の客に「お疲れ様です」と挨拶をした。僕もヘラヘラして見送る。なんとなく食欲がなくてトーストを注文したんだけれど、厚切りすぎて笑った。そして我に返った。そうだ、賑わいが足りていないのだ。この温泉街にも僕の頭の中にも欠けてしまっている。



「厚いでしょう?」と小谷さんが笑う。ブランカは平常運転だ。



 食パンは4枚切りの3枚分はくだらない厚さがある。上野辺りを歩いていてデコレーションされた厚いパンをショーケース越しに見たことはあるけれど、飲食店での実物にお目にかかるのは初めてだった。笑っている小谷さんが遠くに見える。その姿を手繰り寄せるみたいな気持ちで僕は―――――――

  
















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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面(クライマックス)で登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax










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