デッドゾーンの橋を


 13時に真理子さんと別れた後、僕と由樹さんは小谷さんのもとへ向かう予定だった。だったのだが。




「由樹さん、お茶していきませんか?」



 お腹いっぱいだった。コーヒーが飲みたい。カフェインを。定食屋さんで緑茶は飲んできた。でもお腹がいっぱい過ぎて朦朧としているし、煙を吸ったり吐いたりしたい。



「あーそうですね、寄っていきましょうか」



 あんなに食べたのに由樹さんは普段と変わらずスッキリして見えた。涼しい顔をしている。体調によっては趣味の献血ができないことがあると話していたので体重は50㎏前後と推測できた。



「お腹はいっぱいですよ。僕は燃費が悪いんです」



 それから飛行船という名前の喫茶店に行きたいと由樹さんが言った。市内では随一だという大きな百貨店の中にその店はある。


 僕らはビルに着くと屋上までエレベーターで昇り一階ずつ徒歩で降りることにした。屋上にはクレープ屋さんもあって、芝生が敷かれた遊戯場にはパンダの乗り物まで居る。平日だからか雨だからか人はいなかった。余談になりますが、エレベーターにエレベーターガールがいたことに僕は驚いた。朦朧とする頭がシャキッとした。



「わかります。幼い頃に初めて彼女らを見たとき、こういう仕事があるんだと度肝を抜かれたものです」



 飛行船は洋風の喫茶店だった。この頃にしては明るい雰囲気を醸し出している、という印象には僕の偏見も含まれる。由樹さんは長年来てみたいと思っていたものの、令和には既に閉店しているそうだ。このビルごとある日突然閉鎖されたらしい。




「小さい頃に一度だけ来たことがあったんです。このブランコが気に入ったんですが、それ以来機会がなくて」

「あ、これブランコなんですね」

「あ、ええ?多分」




 丸太が敷き詰められた椅子を僕は筏みたいだと思ってしまった。そういえば背もたれもあるし、よく見れば天井から生えた丸太が椅子部分と連結しているじゃないか。見上げると天井にはプロペラまで生えていた。



「懐かしいなあ」



 由樹さんは目を細めて天井を眺めながら呟くと、ポーチから電子タバコを取り出した。見かけよりも朦朧としているのかもしれない。



「アニキ、どうぞ」

「あっ」



 由樹さんは「すみません」と小さく頭を下げて電子タバコをしまう。僕が差し出したアメリカンスピリットを一本抜き取った。アメスピもまだ日本で売っていないんだけどね。




*****   *****   *****   ***




 17:25


 雨は降り続いている。正面玄関の前で僕は真理子さんを待っていた。お客さんと職員さんらしき人が続々と建物から出てゆくのを見送って過ごす。傘袋専用のゴミ箱はいっぱいになって時々溢れてしまうので、僕は暇潰しにそれを拾ってゴミ箱に押し込めた。


 ベンチに座ってキョロキョロとガラス越しのフロアを振り返る人もいた。僕と同じように立ったまま自動ドアの向こうを見ている人もいる。どちらもきっと待ち合わせをしているのだろう。時間と―――あるいは場所だけを伝えただけの待ち合わせはスリル満点に違いない。それとも携帯電話など存在しない前提ならばそうでもないのだろうか。信頼関係があるとか待つ価値のある相手でなければ待ち合わせなんてしなかったのかもしれない。



「夏海くん、お待たせ」

「いいえ。お疲れ様でした」

「疲れた!暇すぎて」

「あはは」




 僕はまだお腹がいっぱいだった。七分目くらいだと真理子さんに伝えると「あんた、若いのに」と肘を叩かれた。実年齢は真理子さんと2歳しか変わらないんだけどな。僕は人よりも消化機能が劣っているのだろうか。でももう朦朧とはしていないぞ!多分。



「由樹さんは後から合流します。先に行ってるんです」

「そうなのね、了解了解!」



 真理子さんは小さな折りたたみ傘を開く。サイケデリックな幾何学模様に僕は時空を思う。僕が飛び越えてきたものを。これから会うどれだけの人が理解してくれるだろう。経験したことのない事象を誰かが理解してくれるだろうか―――――――――僕だってよく解っていないことを。


 例えば、明日になれば由美子さんに会う。小谷さんを介して顔を合わせる予定になっているが「未来から来ました」などと自己紹介するつもりは無い。出会いがしらから嘘つきのレッテルを受け取りたくはなかった。


 幾何学模様は脳を乱すようだ。それとも僕はやっぱり朦朧としているのかな。考えることが多すぎる。まずは今向き合うべきことに集中しなければいけないのに。それはもう直面していると言ってもいいところまで近づいていた。目前だ。


 川が増水している様子が眼の端に映った。こんな雨の強く降る日に外で倒れていたなんて――――――




「真理子さん」



 お喋りしながら歩いていると、気が付けばデッドゾーンの橋を渡っていた。車道の向こうに人影が在る。ガードレールとは逆側の石垣に身を寄せているようだ。




「・・・・・真理子さん、あれが誰かわかりますか?」

「・・・え?」




 わかりますか?

 一つ通りを越えた向こう側に人が立っているのが。



 大きな傘をさしていて、その頂点は見たこともない高さに位置している。顔は見えないが規格外の身長だ。普通に生きていてそう生身では見かけない大きさだろう。既視感を覚える二本線のジャージと、やはり大きくて煤けたスニーカーを履いているのは確認できた。




「・・・・・あ、やだ」



 真理子さんにもそれが誰なのか判別できたのだろう。その声色からも咄嗟に傘で隠した彼女の横顔が恐怖に凍り付いているのを想像するのは難しくなかった。



「嘘、嫌だ。どうしよう」

「大丈夫です真理子さん、何もさせませんから」


「―――うん、」




 だけど、と言いたかったのかもしれない。それがもし不吉な言葉なら言わないほうがいい。でも真理子さんが顔を上げたのを見て、やっぱり大丈夫だと思った。まっすぐに前を睨んだ彼女の眼差しは強さを湛えている。―――――うん、大丈夫だ。と思うが慎重に臨まねば。僕がやらかしたら全てが台無しになる。



「何もさせません。僕たちはその為に今日ここへ来ました」

「・・・・・うん!」



 彼女は気持ちを落ち着かせるのに精一杯だったのだと思う。僕の言葉をどう受け取ったかはわからないし、音としか認識しなかったかもしれないがそれでもよかった。


 上の空にも見えたが彼女はしっかりと頷いて、背筋を伸ばし僕と並んで怯むことなく歩を進めた。














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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面(クライマックス)で登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax










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