クロノスへ願う

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ!また飲みましょう!」

 


 お店を出る前に、真理子さんが自宅の電話番号と銀行の内線番号を書いて渡してくれていた。あれは飲みそっちの為だったか!でも嬉しい、僕もまた飲みたい。本当に楽しかった。



「おいしい焼き鳥屋さんがあるの」

「是非!」

「よろしくお願いします!」

「やったぁ!絶対行こうね!!」



 さすがの真理子さんでも焼き鳥屋さんに一人で入るのは躊躇があるようだ。彼女が家に入ると松方も続いて門を通過し、ゆっくりとした動作で物置に戻っていった。まるで物音を立てないように気を付けているみたい。「またね」と手を振った姫が玄関に入ってから施錠の音が聞こえるまで僕たちは見届ける。それからその場で電子煙草を一本だけ吸って、自分たちの他に怪しい者は見受けられないのを確認すると大瀧邸を後にした。



 夜道は少し冷える。僕の感覚から言えば明かりが灯っている窓は少ない気がして、虫の声ばかりが響いているように感じた。月曜日だからということもあるかもしれない。当時の夜に娯楽と言えば、ほとんどがテレビかラジオかに占められると思われた。本も読まれていたのかな。テレビゲームはどうだったのだろう。


 そうだ、ラジオといえば想像していた以上に面白くて僕は結構聴いてしまうんだよね。



「夏海さん、こっちです」



 近道をすると由樹さんが小声で言って、帰りはAvantiの前を通らなかった。僕は付き従って歩くだけだ。駅は既に真っ暗と言っていいような闇に包まれていた。まだ11時半前であるが、終電の時間をとっくに過ぎて静寂を放っているのが遠目に見える。ブランカも営業は終わっていて真っ暗だった。でもいい匂いがする。



「実家を知られているとしたら、そのことを“詰んだ”と思ってしまうかもしれませんね」



 由樹さんが静かに言ったのは由美子さんのことだと思った。


 ああ、確かにそうだ。真理子さんは恐らく最後の砦として実家への引っ越しを決めたのだ。松方を迎えて飼い始めたのは引っ越しの際だとも言っていた。ご両親には引っ越しの理由を話せなかったとも。それが普通の思考なのだとしたら、由美子さんの心情を察するには余りある。



「来週こちらへ来た時には、その施設に行ってみませんか?だいたいの場所は私が知っています。多分」

「あ、是非に・・!」

「幾つか知っていますので、どれかにはアタリが入っているでしょう」



 面白い話が聞けそうだ。とは不謹慎な気がしたから言わないでおくことにする。来週のことも大事なんだけど、僕には気になっていることがあった。


 別件でも早瀬千聖を追う予定になることを由樹さんに話すべきだろうか。話していいものなのか。ゆくゆくは未来へ戻るであろう彼にどこまで相談していいか判断しかねるところだった。


 誰かに話してしまうだとか、例えば「おまえら」に発信してしまうなどと疑っているわけではなかった。彼はとはかけ離れた人間だ。ただ、Phloxという会社のコンプライアンスに、鳥海社長の理念に抵触することがあってはならない。



「夏海さん、それとですね」



 年上の彼が少し高いハスキーボイスで話しかけてくる。僕みたいに浮つくところが無いことが聞いただけでわかる理由は声なのか、話し方だろうか。



「さっきの、私が見たことのある虚言壁のオッサンは東吉郎とは別人です」

「・・・あっ」



 確認せねばと考えていたのに忘れていた。由樹さんの察しの良さや記憶力や頭の回転の速さとか、自分には無いものに羨望を抱いている。この今だけの相棒がいつか去ってしまう時がきたら僕はどうしたらいいんだろう。




 *****   *****   *****   ***




 この後、未来からの連絡が来るのを待つとだけ由樹さんに話した。これからも彼と情報を共有したい旨マユルくんに相談しようと思っている。判断を鳥海社長に取り次いでもらえるように。由樹さんは信用に足る人物だ。今後も協力して欲しかった。


 例えば、もうすぐ取り掛からなければならない坂本先生の依頼—――障害を持つ友人を泣かせてしまったことを回避するにはどう立ち回るべきか。どうすれば正解か僕は答えを出せないでいる。少し忠告したくらいで小学生男子が知らないおじさんの言うことを聞き入れてくれるとは思えなかった。藪蛇になる恐れすらある。


 僕は甘く見ていた。ミッションの多くは、まずは依頼者である過去での本人に信用してもらう必要があった。信頼関係や協力体制を整えてからでないと話にならないような案件が圧倒的に多い。その為には時間だって要する。一人で考えるのにも限界がある上、僕自身その“一人”分の水準に達しているのかもわからない。とにかく改めてデータを見直す必要がある、酔っ払っていない時に。



「お役に立てることがあるのなら嬉しい限りです」

「頼りにしています」



 依頼は個人情報ということもあるし、まだ具体的なことまで話していいとは思っていない。だけど相談したいことがこの後も多分たくさん出てくる。


 でも例えば―――例えば全てを話したが為に由樹さんが未来へ戻れなくなる可能性なんてあったりしないだろうか。もしもわかるのなら由樹さんが早送りされていた原因も教えてほしい。マユルくんと話をできるのはどのくらいの時間だろう。次はいつだ。彼を通して社長の判断が降りてくるまでにも、きっと時間がかかる。



「由樹さんにどこまで話していいかという確認をしようと思っています。その上で協力を頼めたら」

「夏海さん」



 由樹さんは驚いたようだ。でもちょっと嬉しそうに見えて僕も嬉しい。頼っていいんだよね?



「僕がもしも令和へ戻ることがあった場合、べらべら言い触らしたりSNSにupしたりすることがあるかもしれませんが」

「―――そういった心配の無い人物であるという前提で話をするつもりです」

「よろしくお願いします」



 冗談交じりにだが交渉は成立して、「では」と由樹さんが立ち上がった。手にはお風呂セットを持っている。今日の宿は立地を優先したため単なる大浴場だった。



「12時から僕は瞑想してると思いますので――――――後ほどご説明申し上げます。お風呂ゆっくり入ってきてくださいね」

「承知しました。夏海さんも、ごゆるりと」



 とん。と音を立てて木製の引き戸が閉まる。鍵を閉める必要はあるまい。


 成立したのは僕ら二人 こ こ だけでの話である。鳥海社長に却下されるならそれまでだし、由樹さんは元にいた時代へいつ帰るのかもわからない。もしかしたら彼は明日にでも、この入浴中にでも―――――ダメだろ。それは絶対にダメだ!!クロノス様お願いします、由樹さんを今は連れて行かないで!



 お願いだから、本人が望む時までは彼を此処から連れて行かないでください














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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax







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