同一人物

 二度目のランチ翌日―――――八月末日は水曜日だった。


 真理子さんのいる市役所店へ本部から審査の結果が届いた。その報告書と共に「当該申請者は以前に行内メールで注意を促した“早瀬千聖”と名乗る男性と同一人物であるかと思われる」「引き続き注意されたし」という、またもや注意喚起の周知書類が同封されていた。


 生年月日と在籍する学校名は食い違っていたが筆跡に特徴があったそうだ。初回の申請では学生証が提示できないこともあり、支店長相手に嘘を吐き通せないと見切りを付けてデタラメを書いたのかもしれない。それと背格好を見ての判断かとも僕は個人的に思ったのだけれど、それほど防犯カメラは充実していないだろうな。



「その前のメールの時に、ポールを折ったって話があったのを思い出してゾッとしたのよね」



「―――怖すぎます」

「ありがとう。人が見ていなかったら殴られたりするかもしれないって考えちゃった」



 当然だ。僕もゾッとしたように由樹さんもゾッとしたようだ。程度は計り知れないが凶暴性があるのは間違いない。普通に生きていたらポールは折らないもの。由樹さんの見立て通り真理子さんは賢かった。




「周知のこと忘れてたから私が悪いんだけど」



 彼女は伏し目がちに溜息をついた。両手で頬を包むようにして、不幸を背負いこんでしまったみたいな表情をする。自責の念でもあるようだ。でも、そんなの違う。名前を変えてきたんだから気付くわけがない。それに申請を受けたことが万が一落ち度であっても、脅かされていい理由には絶対にならない。


 僕らが生きていた時代ならば暴対法に引っかかるであろう人脈自慢を始めた時に、真理子さんは「これ以上はもう本当に、絶対に関わり合いになりたくない」と心底ウンザリした。賢明である。



「真理子さんは絶対に悪くありませんからね」



 彼女の手でも握りそうな熱量で由樹さんが言っていた。


 僕はピザを食べるのに夢中で、話は聞こえていたけれど頷いたかどうかすらよく憶えていなかった。パイ生地のピザはミートソースとアスパラベーコンとカプレーゼどれも美味しくて、そこからは三人で無言で食べた。貪ったとか、無心とか一心不乱とかに近い行動である。


 本当に美味しくて「シェフを呼んで称賛したい」などと冗談を言い合っていたところ、まだ呼んでもいないのにシェフが出てきて「これを新商品としてメニューに加えてもいいか」と確認された。三人で顔を見合わせて驚きと喜びを共有した。



 彼女が「また三人で来ようね」と言った、とびっきりの笑顔がとても印象に残っている。




 *****   *****   *****   ***





「あるいは。であるのと、可能性は低いと思うのですが一つよろしいでしょうか?」



 余談になりますが、とシャーロックは口元を拭く。油すごかったよね。



「二度目の誘いで待たせた際に苛立っていたのも、実は演技だったという説は考えられませんか?恐怖で支配しようというような目的の」

「えっ怖!」

「やだーあるかも!こわ~い」



 シャーロックはこくこくと浅く頷いた。



「さっき少し話しました、朝のうちに誘っておいて昼には財布を盗まれたことにするという仮説の延長です。なので・・・まあ早瀬氏の知能から考えると可能性として低いとは思います。ただ、えーと」



 目が合って、暴対法という言葉について類似した表現を彼が探しているのだと思った。僕はまさに



「―――あ~、あの、その筋の知り合いがいるとかハッタリをかましていたことと関係が?」

「ありがとうございます夏海さん。そのことと併せて、と聞いたので一つの可能性として思い付いたものですから。どちらにしてもクズであることに変わりませんがあはははははは」

ねえ!あはははははは!」



 あらやだ由樹さんたら!なんとか乗り切ったけど、そんなはしたない言葉を使うなんて。でも僕も同じ気持ちだった。飲食店だから声に出しては言わないでおくけれど、出会った相手にはおしなべて不幸をもたらすクソ野郎。真理子さんは不運にも稀代の下衆に出遭ってしまい、運悪く手を差し伸べてしまっただけだ。徳を積んだとでも思っておけばいい。


 彼女が不幸なわけではない。不幸なことが身に起こっただけの話。当人の気持ちに寄り添える人間が—――僕と由樹さんのことだ―――現れたことは少しでも良かったのではないかと、なんとなくだけど勝手に思っている。


 だって真理子さんが最初に見かけた時よりも随分楽しそうに見えるから。彼女が自分で厄災を振り払って取り戻した平和と、あと酒。そろそろ宴にも終幕の時間が迫っている。



「妄想の中では素晴らしい学歴や実績を持っているので、現実でも相応の人間だと思い込んでいるのでしょう。あるいは、いつか実現してやると思っていて自分の中では実現したことになっているか」



 どっちだとしても通り道は思い込みの激しさだ。嘘がバレそうになって逆上することとも関係があるんだろうか。バレそうも何もバレバレなんですけど。もしかしたら現実との境界がわからなくなっているのか。



「銀行に提出する書類で名前を偽るレベルですもんね」

「レベル?高いよね。履歴書にも法学部って書いてそうじゃない?」

「書いてるでしょうね。自分の中ではそうなんですから」



 とても正常だとは思えない。非常に危ない状態だ。しかも、それって犯罪じゃなかったっけ?



「私文書偽造に当たる可能性があります」



 さっき由樹さんは実際に虚言壁の人間を間近で見たことがあるのだと話した。役所のアルバイトにそういう中年男性がいたのだそうだ。誰も質問していないのに自らの病や寿命について語るが設定ミスが多く、明らかに辻褄も合わない。やはりと言うべきか何故かと首を傾げるべきか、自信満々で20代のギャル職員に言い寄ったことで自滅し採用から半年もせずに姿をくらました。


 どことなく早瀬千聖との強い共通点を感じる話だった。早瀬千聖、もとい瀬尾東吉郎の行く末かもしれ・・・待って、同一人物説は無い?後で由樹さんに要確認だ。



「虚言壁をお持ちの方は大抵、一つの土地に留まることができないのだと聞きます。それに加えて寸借詐欺を重ねていれば当然です」

「自分の居場所を狭くして生きているのね」

「しかも窃盗の疑いもありますしね」


  

 放っておけば消息を絶ちそうではあり、そうなれば真理子さんも少し先の季節には安心して暮らせているのではないか。そして虚言癖は反省もせず別の新しい場所で同じことを繰り返す。



 













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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax




















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