1%の余地
早瀬千聖が施設を去った時期について由樹さんが見解を述べた。
「審査が終わったのを見計らったんだと思います。もしかしたら審査の過程で、職場へ在籍しているかという事実確認の電話が入ることがあるのではないでしょうか?」
「ある!」
早押しクイズの回答者みたいな勢いで真理子さんは答えた。申請時にそういった説明をするそうだ。さっきチラっと聞いた話だと、銀行の市役所店は出張所のような扱いなので支店長に該当する役職は不在らしく、ローンの申請者も滅多に来ないため通常と同じ窓口で受け付けるそうだ。
そういえば、と僕も思う。クレジットカードを作ったことがないからよくわからないけれど、内勤の時間に電話を取ったら社員個人の所在確認だけされたことがあるのを思い出した。その後で「カードでも作るんじゃない?」と女性事務員さん同士で話しているのが耳に入ってきて理解に至ったようなことがあった、気がする。
「保険証もやっぱり手作りだったみたい」
「発想が突き抜けてますよね」
社会保険での保険証が交付されるのは入職してから一ヶ月は最低でもかかるらしい。僕は自分のこともよく憶えていなかった。てゆーか学生で社保って勤務日数とかによってはあり得るのだろうか。全然わからない。まず保険証の種類という点から意味不明である。住み込みで日中働きながら大学へ通うということは可能なのか。特待生は出席しなくて済むからいいのだろうか。どこをどう考えても辞めた日に入院したという話は99%嘘だと僕は思っている。
それを聞くまでは単純に「病名も言わなかった」という点だけを根拠に嘘だと決めつけていた。連絡は公衆電話からだったそうだ。「10円玉がもう無い」と言って電話を切ったという演出。施設の職員さんは演出だと断定した。残りの1%という余地は生まれなかった。
二回ほど食事に出かけただけの真理子さんがこれほど不審に感じウンザリしているのだから、寝泊まりまで共にする同僚がそう―――100%嘘だと感じたのならば仕方あるまい。職員さんは「こうなる気がしていた」と話していたらしい。日頃の行いって大事なんだと切に考えてしまう。
急性で入院する病状でありながら仕事復帰が可能で、且つその日の夜に自分で電話をかけられる程度にまで回復が見込まれる具体的な病名が用意できなかったのだと考えていた。
しかしそれ以前の問題だった。手作りの保険証では入院どころか診察も・・・10割負担すればいけるんだっけ?
「そんなに難しいことを考えるほど頭よくないと思う」
「―――真理子さんのおっしゃる通りです。ただ私も、計算高い部分はあるように感じていました。もう戻る気が無いのなら連絡などしないのではないかと」
「確かに!あ~なるほどね。そうかも」
そうやってその場凌ぎで嘘を重ねて生きてきたのだろうが、詰めが甘い。こういう時こそ使える信憑性のある嘘を考えておけばいいのに。ううん、全然よくはないんだけど。
「よく読めなかったけど保険証の有効期限か何かが1991年だったみたい。なんだか明らかに変だったんだけど忘れちゃった」
変なことばっかりで。と真理子さんは眉間に皺を寄せる。さすがに不受理の理由は担当課の行員であっても共有されない。わかるよ、というように由樹さんが頷いた。
「国保の有効期限ってせいぜい翌年の夏前後だったかと思います」
「へ~」
勉強になる。僕は国保の保険証なんて見たことないから、と言いかけて喋るのをやめておいた。この時代へ来た時に課長から住民票と一緒に渡されたのは確か国保の保険証だった。すぐに財布にしまって以来、教習所の初日と図書館の貸出カードを作ってもらう時に出したっきりだ。よく見ていないのは本当だった。もともと病院にかかることなんてほとんど無かったから、質問でもされてわざわざ見ない限り今後も見る機会は訪れない気がする。
***** ***** ***** ***
早瀬千聖は住処を失って必死なのか。では何故せっかく住み込みまでさせてもらっていた施設をそう簡単に手放したのか。あてがあったのだろうか、という疑問には真理子さんからの回答があった。
「一人暮らししないのかとか、付き合うようになったら一緒に住みたいとか・・・ちょっとゴメン」
「あ、ごゆっくり」
「ご無理なさいませんよう」
思い出したら気分が悪くなったのか、話している途中で真理子さんは席を立った。僕らがかけた言葉に振り向いて首を振るとゆっくりとした足取りで店内の奥へ向かう。途中で店員さんに話しかけられて立ち止まり、笑顔で応対していたのを見て安心する。深刻な症状ではなさそうだ。だとしてもさぞかし気持ち悪かったことだろう。僕だって渾身の「うわあ」を飲み込んだくらいだ、言われた本人からしてみれば。
「由樹さん」
「はい」
他にも少し気になったことがあった。利用したことは無いのでこれも詳しくは知らないのだが、早瀬千聖が銀行に借入を相談にきたのは未来における定額のカードローンくらいの感覚だったのではないか。するとやはり、僕が思ったくらいだから由樹さんも考えていた。
「まあ学生さんだから世間知らずなこともあるのかな、と。本当に学生さんだったらの話ですけどね」
「確かにそうなんですよねえ」
それにカードローンのノリだったから、なんだ。それがどうした?という話である。でも個人的には、世間知らずな学生さんが銀行に借入しようという行動に出たことへ疑問が残った。それには由樹さんも深く頷いてくれて、ほどなくして真理子さんが席へ戻ってきたのでその話は終了した。
席に着いた彼女はメイク直しもばっちりキマっている。すぐに元の話題に戻るが、そろそろラストオーダーの時間が気になるところだった。あの女性店員さんが冷たいおしぼりを持ってきてくれた。ホールに出ているのは彼女一人のようで、気が付けばお客さんも少なくなっている。
「あと20分くらいでラストオーダー聞きに来ると思う」と、さすがは常連の真理子軍師が言った。三人で時計を見ると十時を十分ほど過ぎたところだ。なんとなく青い壁紙が目に入る。外は暗いのだろうな、寒いかなと頭に浮かんだ。
「ねえ、・・・さっきのピザ食べたいって言ったら、デブだと思う?」
真理子さんが華奢な肩をすくませて、口元に揃えた細い指先を当てながら上目遣いをした。僕も由樹さんも同じ格好をして首をぶんぶん横に振る。全否定する!
「思わない!」
「食べたい!」
満場一致で決まったが、具材についてはこれから要相談だ。と思ったら由樹さんが
「いっそ一人一皿でもいいんじゃないですか?」
そうぬけぬけと言うから僕も賛同した。軍師め!ついて行くぜ!
「シェアしますか」
間髪入れる必要などあるものか、三種類頼むのじゃ!頭をぶんぶん振ったせいか少し酔いが回った気がしたが構うまい。
「三等分に切ってもらいましょうね」
さすがに取り分けくらいは自分たちでやろう。
「――――――このォ!悪魔どもめが!」
この時代では前衛的である筈の彼女のツッコミは、僕らにとっては慣れ親しんだ風合いが感じられて三人で「フヒヒヒヒ」と笑い合うのが楽しかった。真理子さんは、もしかしたら「おまえら」の一人なのかな。未来の何処かのスレで出遭ったか見かけたことくらいはある人なのかもしれない。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
ダサ1-climax
《《》》
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