空想虚言癖

「福祉施設とは、役所に週一でパンを売りに来たりするような?」



 由樹さんが手を挙げて質問する。市でやっているというし心当たりがありそうだ。



「そう、そう!さすが由樹くん話が早い!」

「それはパンを製造する方の…つまり支援される側で・・?」

「ううん、支援はする側だったみたい」

「ほぉん」




 早瀬千聖は住み込みでアルバイトをしていたということらしく、従事する先が特別支援の施設だったようだ。二人の会話の意味が後に説明されるまでよくわからなかったことに、僕はほんの少しだけ疎外感を覚えていた。



「でもお給料日の翌朝にはいなくなったって、パンを売りに来た時に職員さんが言ってたよ。入院してますって夜に電話があってそれっきり」

「戻るルートを残しておきたくて保険をかけたんですかね?雑に」

「―――芸が細かいですね。雑ですが」



 あながち単なるバカではないのかもしれない。列記としたバカなんだけど、何というか――――――



「戻ろうと思ってるのかは、どうだろう。他のバイトさんとか職員さんの悪口いっぱい言ってたもん。あんな大学しか出てないくせにとか」



 あー!思い出しちゃった!と真理子さんは顔を歪めたが、それもまたキュート。



「私が短大卒って言った時も!あからさまに見下してきてさ。そんな学校知らないってヘラヘラ笑ってやがったわよ」

「コミュ障かな」



 ちょっと由樹さん、それは(笑)。コミュ障はこの時代には早すぎる。ツッコむわけにもいかず僕はできる限りの平静を装った。



「失礼な奴ですね」

  


 彼女の出身校は大学受験をしていない僕でも聞いたことがあった。この当時は偏差値も高く、伝統あるお嬢様学校で有名だったはずだ。本当に知らないのであれば関東は全て東京に含まれるとでも思っているくらい大変な田舎から出てきた人か。


 あるいは




「本人も身近な人間も大学受験をしていないのではないでしょうか」



 僕が通っていた高校は進学校だったため、ほとんどの級友たちは大学を受験した。だから学校名は嫌でも耳に入ってきたものだ。当時の劣等感がまさか、三十五年前の会話で日の目を見ることになるとは。



「夏海くんすごい、シャーロック・ホームズじゃん」

「いやあ、どっちかっつーとワトソンくんです」



 でもワトソンくんて軍医とかやってなかったっけ。いっか。シャーロックは僕ではなく由樹さんだ。




「東吉郎氏は嘘つきというより虚言癖なんだと思います」




 シャーロックはほんのり赤い顔をしているが気は確かなようだ。口調もはっきりしていた。



「違うの?」



 真理子さんと僕は身を乗り出した。



「嘘って記憶に残らないという説があるそうです。それは実際には経験していない為だと聞いたことがあります。研究したわけではありませんが、一方で虚言癖は嘘を吐くこと自体が目的であるようです。人に聞いてもらう為に嘘を考えるようになるんです」

「由樹くん、すごい」

「いえ、あくまで私が目の当たりにしたサンプルの話になります。他にもバー・・パターンは幾つもあるんだと思います」



 真理子さんが目を丸くする。



「でも、当て嵌まってると思う」




 人に聞いてもらう為に考えたエピソード。それも最近テレビドラマで観たり漫画で読んだ場面を「実は自分にも同じ経験があって」と語り出すような、とんでもなくドラマチックで「そんなことあるわけねえだろ」と思わずには聞いていられない自分語り。己の身に起こったことをする時間は楽しくて心が満たされるのかもしれないが。



「空想虚言癖?っていうの僕も聞いたことあります」

「そのことです、夏海さん」



 由樹さんが僕の方を向いて頷くのを見て、また落語みたいな展開を期待した。彼の噺を真理子さんにも是非見て欲しい。  



「東吉郎氏が施設を辞めたと真理子さんが知ったのは、いつ頃でしたか?」

「今月の初めかな。九月に入ってからだと思うよ、あそこの給料日って月末だから」



 真理子さん有能!!



 僕たちには現在の彼の状況などはっきり言ってどうでもいい。由美子さんに迫る背景を知っておきたかった。・・・さっきまではそれだけだったが、事情が変わった。僕は早瀬千聖について知っておく必要がある。思い出したのだ。


 あの男は鳥海社長の調査能力を以てしても網にかからなかった要注意人物だ。


 マユルくんからのサイキックな通信は一方的だったけれど、僕の中で寝落ちしていた記憶を幾つか叩き起こした。そういう作用があったみたいだ。シナプスとかそういう何かに。




*****   *****   *****   ***




「真理子さんは先日ここで、東吉郎氏に向かって嘘を指摘することはしませんでしたね?」

「―――――――由樹くん、やばい!」


「私の知っている虚言癖の方も、嘘がバレるとどういうわけか怒りの感情を顕わにしました。そして嘘ではないと主張し自分の正当性を狂ったように訴えてきます」



 由樹さんは眼鏡の中央を指で押し上げた。何か思い出したのか薄笑いを浮かべている。



「バレるも何も、もともと誰も本当のことだと思って聞いている者はおりませんでしたが」



 さもありなん。そして、この時代で「やばい」のその使い方を聞けるとは思わなかった。真理子さんの前衛的な反応にこっそりニンマリしちゃう。



「早瀬くん嘘がバレそうになるとガラの悪さが更に悪くなるんだよね。実際に暴れたりしたのを見たことはないんだけど、周囲に対して威嚇するっていうか、顔つきがもうね」

「人間ではなくなる?」



 僕が言うと真理子さんは「ファーッ!」と笑い声をあげた。よしっ!笑わせた!

 それよりも、あの獰猛さは間近で見たらきっと怖い。それにデカいから圧がある。警戒して然るべきだ。さすが軍師でござる。




「虚言癖の人間に真正面から事実を突き付けることは、大変危険な行為にあたる場合が考えられます」



 だから真理子さんの判断は正しかった。



 最初に支店長が対応した時もそうだったのだと思われる。持ってもいない学生証を提示するよう言われて逆上したが、しかし相手は年上で男性だったから大人しく帰るしかなかった。それでも怒りが収まらず誰も見ていない去り際にポールをへし折った。へし折ってやった、どうだ俺は強いだろうというところだろうか。ある意味とても怖いのは認めざる得ない。


 だから怒りって何にだよって疑問は残るのだけれど、「恥をかかされた」とでも思っているのだろうか。だったら嘘吐くのをやめればいいのに。それとも自分を否定されたように感じて怒りだすのだろうか。どんなに説明されても僕には虚言癖の思考が理解できそうもない。

















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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax











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