嘘つきの桁

 はやせちさと基『瀬尾東吉郎』は、とにかく嘘つきだった。それはもう耳を疑うレベルで。


 真理子軍師が僕らを含めた他人の見ている前で“はやせちさと”に訣別を図ったという点で、由樹さんの考察は理由も目的も併せて概ね的を射ていた。


「そんなに解ってくれる人がいたなんて思ってなかった」と軍師が目を潤ませるくらいに。この時代のコンタクトレンズは高額だったそうで、扱いも難しかったみたい。


 一度目の待ち伏せでは「お気の毒」が勝っていて「怖い」とはさほど感じなかったらしい。これは時代だな。だって連絡手段が無ければ待つしかない。だけど偶然を装っているのが気持ち悪いと僕は思っている。彼女はそれよりも、その日の食事で「次からは俺が払う」と言われたことが気になっていた。



「てゆーか、まだ払ってもないくせに偉そうでムカついたんだよね。次なんて考えたくもないし」



 そして話が壊滅的に面白くない。とても頭のいい人間だとは思えなかったそうだ。冗談を言うにしてもセンスがあるとは思えず、つまらない。でもまあ合う合わないがあるだろう、これが面白いと思う人もいるのかもしれない。それにもう会うことはない。これっきりだと思って真理子さんは昼休憩を削ることに耐えていた。



「慶応大学の法学部なんだって。申請書見た時に“すごいね”って皆で話したから覚えてる」

「設定では優秀なんですね」


 

 申請書を皆で見てるのも結構すごいけどね。



「でも最初の申請書では中央大学の法学部だったの。しかも特待生。」

「どうしても法学部なんですね」

「法学部って言えば頭良いと思われるって思ってるんじゃないかしら?」

「でも嘘なんですよね?ていうか何ですか特待生って」

「自分のタイミングでレポート出したりすれば講義に出なくていいんだって」




 それって大学に入学した意味ある?と思う反面で、そういうこともあるのかと思いかけた瞬間に由樹さんが盛大に笑い出した。ツボに入ったみたい。笑わせた真理子さんも満面の笑みを浮かべている。


 僕は二人から置いてきぼりになったような気がしてしまい、追いつきたくて頭に浮かんだことを呟いた。



「エアー・エリートですね」



 僕が今騙されかけたように騙されてしまう人も、もしかしたらいるんじゃないのかな。だってまさか学歴を偽る人なんていると思う?てゆーか申請書に特待生なんて書く項目あるの?劣等感を理解できるだけにそんな嘘を吐く心理が想像できなかった。



「あっはー!いいね、君たち~」

 


「ウエーイ!」とは言っていないが、そんなノリで彼女が突き出してきたグラスに僕と由樹さんもグラスをコツンと合わせる。名前や学歴を偽る人間を誰が好きになるだろう。嘘つきの桁が外れている。




「空手とかサッカーとかバスケとか数々の部活で助っ人に呼ばれる多忙な高校生活を送った中、一般受験で勝ち取った特待生だからね!」



 キリッ!と真理子さんがキメ顔で締めると由樹さんが笑い転げた。なんだかヒューヒューと空気の抜けるような音が聞こえるが大丈夫だろうか。そして一般受験で特待生に選ばれるって、どうやって?ていうか特待生って本当に何?大学受験をしなかった僕には意味不明だが、由樹さんのツボり具合を見た限り現実的ではない話なのだと思う。はやせちさとは、お昼休みの一時間でどれだけ嘘を吐いたのだろう。



  エアエリート ——―――



 グラスが触れた時。今しがた自分の口から零れた言葉も頭の中で何かにコツンと触れて、それは決壊した。



“早瀬千聖”という字面が脳裏に浮かぶ

いつだったか見た、あの証明写真の顔

エア・エリートは僕のボキャブラリーではない―――――――――言ったのは僕ではない誰かだった




「真理子さん、ちさとっていう字は、千に聖母マリアの聖で」

「ああ、そう!それで合ってるよ!気に入ってるみたいでやたらと強調してくるの、とういちろう」

「とうきちろうですね」

「ほんとどっちでもいー!あははははは!」



 真理子さんの笑い声が遠くに聞こえる。僕は絶対にあの男を知っていた。あの日この店で見たからというだけではない、未来でので写真を見たのだ。帰ってPCを検索したら出てくるに違いなかった。


 酔っ払っている場合ではない、思い出さなければ。




「夏海さん、どうしたん…大丈夫ですか?」

「・・・はい、大丈夫ですよ。すみません」

「お水もらう?すいませーん!」




 また真理子さんが手を挙げてくれて、あの嘘みたいな青と鳥と草花の幻想的な背景を前に白い腕が天へ伸びた。何かを掴もうとしている、何処か遠い異国の空を、鳥を鷲掴みに―――――


「はーい」と返事が聞こえてきて現実に呼び戻された気がした。水をよく飲む奴だと思われるだろうか。


 今すぐにでも帰りたい衝動は少なからずあったが、まだ彼女から聞いておきたい話もある。気持ちが揺れ動いている。楽しいし美味しいっていうのも勿論あった。でも意識を引っ張られるような――――――――――――――――




 ナッツ、聞こえるか?


 ―――――聞こえるよ。



 それは突然・・・ではなかった。何故かそんな予感がして、すぐに頭の中で声が聞こえた。隣で笑い合う二人の声とは別に・・・・・これが脳内に直接というやつか。聞き覚えのある声だ、それにこんなことが出来る人はごく限られている。



(マユルくん。)

(ああ、久しぶりだなナッツ。この前も話しかけたんだけどさ、)

(え、いつ?)



 そう言えばそんなことがあった気がする。いつだったか。僕は何故気が付かなかったか。ダメだ、もうこれ以上の酒はダメだ。


 マユルくんは鼻で笑うと早口で話した。


(楽しい酒はいいんだろ?面白い話してんじゃねえか。一方的に話すからな。あんま慣れてないから途切れるかもしれない。)

(うん。)


 バチバチッと音を立てて時々入る、ノイズのようなものでマユルくんの声が途切れがちになる。僕は今持ってきてもらったばかりのピッチャーから水を三杯立て続けに飲み干して「ちょっと御手洗いに」と席を外した。月曜だというのに席は半分くらい埋まっていた。景気のいいことだ。




*****   *****  *****   ***




(あと三時間後に話しかけても大丈夫か?その頃ならリヒトが起きるから、もっと落ち着いて話せると思う。)


 じゃあ今はマユルくん一人の力で通信しているのだろうか。随分と高度な技までコントロールできるようになったんだな。涙が出そうになる。もう未来あっちではどのくらいの時間が経っているのだろう。


(まだニケ月も経ってねえよ。時間の進み具合は一緒なんじゃねえのかな?知らんけど。)


 なんと。僕の感慨も拾えてしまうんだ、マーベラス。脳内に直接なんだから当たり前か。マユルくんが短く笑う声が聞こえる。酔った頭に心地よく響いたのは、いつか聞いたことのある言葉だった。


(まったく、


 それを最後にマユルくんの気配は感じなくなった。僕は時計を確認した。あと3時間後には十二時になっている。




















🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼




 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 ダサ1-climax


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る