序幕する宴
「初めは別の支店に、お金を借りたいって相談しに来たんです。対応した者はローンを組みたいっていうお話かと思ったそうで、専用の席に案内したんだって」
衝立に囲まれた簡易個室みたいなところを想像する。案内されたことないから違うかもしれないけれど。
「そうそう、応接室に案内するの。基本的に支店長が対応することになってるの」
市役所支店は出張所のような扱いなので支店長クラスの人間がいないそうだ。だから窓口の担当者が対応する。もっとも出張所なのでローンの申請者自体が滅多に来ないらしかった。
「それはいつくらいのことだか憶えていらっしゃいますか?」
「8月の初め!」
由樹さんの質問に彼女は迷わず答えた。連休をもらった直後だったため記憶しているそうだ。僕がダメ元で「パイ生地でピザってできますか?」と伺いを立てた品がテーブルに届いて一旦話は頓挫する。バジルと海老・・・!
「夏海くんは天才なの?」
「いやあ、赤羽で食べたことがあって」
「美味しいに決まってますよ!」
二人が大喜びするのを見て、僕が考案したわけでも調理したわけでもないのにとても誇らしい気持ちになる。今日初めて役に立てた気がする。三人で無言で貪って、あっという間にお皿の底が見えた。
「アスパラとベーコンも合いそう」
「トマトでも美味しそうです」
「ミートソースとかどうでしょう」
屈託のない真理子さんの打ち解けやすさは異常である。気が付けば今日初めて言葉を交わした間柄とは思えないような大変楽しい時間を過ごしていた。それはまるで単なる飲み友達のように。だが、それではいけない。それは今日の目的ではないんだ。
***** ***** ***** ***
「学生でバイト生活をしていて、ローンの目的は当面の生活費に二十万借りたいって話でね。でも、うち最低で50万からなんだよね。連帯保証人はいるか確認したらご両親はとっくに亡くなってるからって」
「―――ほう」
―――――あれ、この前どこかで親の話してなかったかな?
「持っている一万円を使ってはいけないと言われたのは、だいぶ昔の話だったのでしょうか?」
「よくぞお気付きくださいましたー!あははははは」
真理子さんは由樹さんの言葉に間髪入れず笑い出す。姫が上機嫌なようで何よりだ。ああ、それだ。僕も思い出した。そんなお金を持っていることに意味があるのだろうかって考えたんだった。「困った時にしか使うな」というなら理解できるが。
彼女は他にも食べたいものがたくさんあるという理由から二杯目は紅茶割りに切り替えていた。
「ローンの相談に来た人には誰にでもするんだけど、身分証の提示を求めたの」
真理子さんが仕切り直す。学生さんであれば学生証を見せてくれれば審査してみると男性の支店長が話すと、その男は態度があからさまに悪くなりモゴモゴ言い出した。申請など勿論できず不満そうに支店を出て行ったそうだ。その日の夕方に行員さんが幟を回収しに外へ出て行くと、ポールが1本折られていたらしい。何者かに。
「その時に記入された申請書が注意書きと一緒に行内メールで回ってきたんです。休み明けに出勤してすぐに読んだの」
内容は『女性の行員には対応させず、役職付きの男性行員が対応するように』との申し送りで近隣の支店に御触れが出たのだとか。ちなみにメールというのは本来の“郵便物”という意味らしい。ちょっとドキッとしたじゃん。ポケベルに“鳴る”以外の機能が備わっていなかったとされる時代に。
「その後うちに来た時には私が対応したんです」
「男性の行員さんではなく真理子さんが対応したんですか?何故?」
「フフッ―――さすがよ、由樹さん。誰も気が付かなかったのよね、受付で書いた名前と最初の申請書の名前が全然違ったから」
「・・・偽名ですか」
審査の部署に申請書類が届き、そこから確認の電話がかかってきて件の注意書きの男だと発覚したそうだ。その時には申請から二週間近く経っていた。ああ、ネットがあれば情報の照会も共有も易しかったであろうに。
「身体的特徴か何かで照合したんでしょうか?」
「そうなの、最初から注意書きに書いてあれば何か思ったんだろうけど。ほんと由樹くん鋭いなぁ」
「いやあ」
真理子さんが満足そうにグビッとグラスを傾ける。由樹さんも満更でもなさそうだ。
「最初は何と名乗っていたか憶えていらっしゃいますか?それと真理子さんはその男を何と呼んでいますか?」
「はやせ ちさと 。最初に名乗ったのも、呼んでほしいっていう名前も」
ブッと吹き出すと由樹さんは呆れたように鼻から息を漏らす。いよいよキナ臭くなってきたぞ。隣にいる由樹さんを見ると目が合った。思いも寄らぬ方向へ話が走り始めていないだろうか。
「かっこいい偽名ですね」
「でしょ?早瀬くんて呼んでるけど、その時によって“ちさと”だったり“ちとせ”だったりするから決まってないんじゃないかな」
「芸名なんですか?」
「その時で変わるんだ?源氏名ですかね?」
「げんじな?」
僕の何気ない一言に真理子さんのレーダーが何か拾ったようだった。顎に指先を当てて頭をゆらゆら横に揺らす。
「げんじなって、お店で名乗る名前だっけ?だったらそうだと思う。銀座のなんとかクラブってお店で働いてるから、その名前で呼んでほしいって」
「ホストクラブと言っていましたか?」
「うわあ、なんでわかるの?言ってたよ!!」
「ええ…」
それは厳しいんじゃないかな、いくらなんでも。
いやでも接客要員とは限らない。表には出ずに掃除をしたり裏でドリンクを作る仕事だってあるのかもしれない。それともこの時代は規格が違うのだろうか。一点豪華主義なの?
「本名は、とういちろう?だっけ。秀吉?って言ってる人もいたんだけど」
「藤吉郎ですか?」
「―――わあ、そうですそうです!すごーい!!」
由樹くん物知り!と真理子軍師は手を叩いて笑う。楽しんでくれているようだ。
「持って来た身分証には藤吉郎と?」
「そうそう。受付でもそう書いてた」
「名前を偽るってよっぽどですよ、しかも銀行で」
「レベルが違いますよ」
「国民健康保険証を出してきたんだよね。学生証は持ってないんだと思う、物凄い嘘つきなんだ。あ、なんか頼む?すいませーん!」
僕と由樹さんがメニューを眺めている間に真理子さんは女性店員さんとご歓談を始めた。食べ物が美味しいので彼女に肖って僕はウーロンハイにする。由樹さんはウーロン茶にした。そういうところだと自分でも思っている。
「保険証っては書いてあるけど手帳でも三つ折りでもなくて、オモチャみたいだった。紙っぺら一枚だよ」
テレホンカードくらいの大きさだったと真理子さんは補足してくれたが、ちょっと感覚が掴めないので会話には参加せず聞くだけにしておいた。保険証の種類なんてわからない。
この当時の保険証は手帳型になっている物が主流だったそうだ。今のように一人一枚ではなく家族で共有していたのだと旅館に戻ってから由樹さんが教えてくれた。通院時以外に持ち歩くことは少なかったのだとか。
「東京都で発行って書いてあったと思うんだけど、なんかすごく違和感があった。自分で作ったんだと思うよ」
「自作の保険証はぁ・・・由樹さん、見たことあります?」
「役所に五年以上いますけど、見たことも聞いたことも無いですね」
一気に酔いが醒めるのを感じた。この話を朝一で聞けていたらと悔やまれた。
そんな冗談はさておき、僕たちの追っている敵は想像を絶する危ない人物なのかもしれない。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
ダサ1-climax
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