アドレス帳と公衆電話

 軍師とはアポが取れている。

 由樹さんが「銀行員の彼女にアポを」と行動を始めたのは今日の午前中のことだった。少し前から考えていたことなのか突然思い立ったのかはわからない。


 彼の考えていることが隅々まで理解できていない僕は少し戸惑いつつも同行した。由樹さんを信用しているからね。それに彼が昨日までより生き生きしているようで嬉しかったのだ。そういう安心もあった。




「彼女と接触ができれば男の名前と職業くらいは絞り込めると思いましたので」



 なるほど、うちの軍師はそこまで考えていたか。恐ろしい子!





 *****   *****   *****   ***




 さて、話はブランカでの会議に戻る。この後に検証へと移る軍師の思案についての考察もまとまったところだ。由樹さんは問いかけるように小谷青年に目をやった。



「これらを踏まえてです」

「―――今、由美子さんも軍師と同じような目に遭っている・・?」



 小谷青年が沈痛な面持ちで眉を顰める。事態は深刻なのである。



「恐らくその可能性が極めて高いと思います。少なくとも食事には誘われているものと考えられます」



 少なくとも、しかし執拗に。お支払いは由美子さん前提で。ただ、今のところ実際に金銭トラブルにまでは至っていないのではないだろうか。言い寄られるだけでも由美子さん当人からしてみればストレス以外の何物でもないとは思われるが。



「職場を知られていたら逃げるの難しいですもんね、軍師もそうだったんだと思います」

「それは大きな理由になると思われます。由美子さんに関してはご実家がお店をされているから居住地まで知られているかもしれない」




 僕も言ってはみたけれど、どうも追いつけなくて由樹さんの着地点は見えずにいる。軍師はあの男を最初は信用していたのだろうか。はっきりしているのは由樹さんのいう通り、由美子さんの家は自宅兼お店である。家族にも被害が及ぶことが懸念されていて、店で騒ぎでも起こされればお客さんにも迷惑がかかるかもしれない。




「―――――もしかしたら由美子さんは、その男を危険だと察知するよりも前に実家のことを世間話ながれで話してしまっていたかもしれません」




 彼女は気さくな人だから。だからって、実家のパン屋さんの宣伝になると思って話題にするのは誰からも咎められるようなことではない筈なのに。相手が悪ければ弱味を握られてしまうことになり得るなんて。



「パンの袋に店名書かれてますもんね」

「これ、うちなんですよ。なんて言ってしまっても不自然ではありませんね」


 

「はい。―――由美子さんは軍師よりもあの男から強く出られやすい立場にあると私は考えています。ですが実際に目の当たりにした限りでは食事に行ったりするような親しさは見受けられませんでした。由美子さんからしてみればもう、ただただ本当に迷惑でしかないというような」



 初めて話した時に思った通り、由樹さんの言葉には不思議な説得力があった。根拠を示して理論を組み立てるのが上手い。話し方も冷静で知的さを感じさせる。どうだ見たか。これがうちの同居人だ。うちの子はやんよ。



「嫌悪感すら見えたというと私の先入観になると思いますが・・・遠目に見ていただけですし」

「わかります!!」



 あのイタリアンレストランの場にいなかった小谷さんですら赤べこのように何度も首を縦に振った。由樹さんの説得力は勿論、小谷青年の反応は由美子さんに対する信頼もあるのだと思う。それから彼女を見初めた親友への。その親友が見初めた彼女への―――――。


 どれが正解だとしても小谷青年が友人想いの人間であることに間違いはない。




「そして軍師に言い寄る道は強制的に途絶えた今。他にも言い寄っている女性が複数いる可能性は否めませんのでとはいかなくとも、由美子さんに取り入りたいと思っている筈です」




 マジかよ、うちの軍師。そこまで考えてんのかよ。痺れるぜ。




 *****   *****   *****   ***




「私この後、島野の家に行ってみます。先に電話をかけてきますね」



 小谷青年がレザーカバーのついた小さなメモ帳を鞄から取り出した。あれも古いカタログで見たことがあった。「あかさたな以下略」で段になっているやつだ。アドレス帳っていうんでしょ?実物は初めて見た。


 小谷青年は席を立ち、カウンターまで向かうとジャガイモの皮を剥くマスターに声をかけた。マスターが包丁を向けた先を見るとヤシの木に隠れるようにピンクの公衆電話がある。今気付いたがマスター、リーゼントじゃないか。かっこいい。ジャガイモ剝いてんのにかっこいいってどういうことだよ?ヒューッ!



「せめてメールが使えたら」



 僕がワクワクしているのをよそに隣で由樹さんが小さく嘆いた。


 本当にそう思う。メールでさえも使えないことが不便でたまらなかった。何往復分の手間が省けることだろう。行ってみて会えればいいが、会えなければ。伝言を頼んで連絡を待つのが最速で、伝言すらもできなければ。伝言ができてもすれ違いでもあれば更に後手に回ることになる。電話に出る相手もいなくて、なんて考えたら眩暈がする。この時代には留守番電話ですら尊い手段だ。約束もなしで会えたら相当運がいい。


 そんな状況の中では固定電話って、それはそれで便利だったんだろうな。僕にはまだ実感が無い。今ってもうFAXあったんだっけ?でも個人情報が。今回は牛乳屋さんの営業時間中だからそんなことにはならないと思うが、大変な時代があったということだ。


 考え始めて埒が明かなかったところへ、三杯目のコーヒーをマスターが持ってきてくれた。さっき小谷青年がついでに頼んでくれたらしい。余談になりますがマスターからはなんかいい匂いがした。ウルトラマリンではなくて、もっと大人のムスク?とかのやつ。知らんけど。






[ウルトラマリンは絶対に買っておけ]

[待って、それ忘れてた]

[くっそ懐かしいんだけどw]

[つけてなかったやつはいないよな?]

[つけてたら時代に馴染めそう]

【マ?今でも嗅げる?】

[ドンキにありそう]

[つけとけよ]

[つけてないと怪しまれる]

【そんなに?】

【ありがとう行ってみる】

[嘘松]

[>1乙]

【おつ!】

[誰に何を怪しまれるんだよw]

[90年代じゃなかったか?]

















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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。























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