ブランカ会議 牛乳屋さんと消費税

「夏海さん、私から少しいいですか?島野さんについて共有しておきたいことがあります」

「はい。是非」

「あの方はとても素晴らしい方なんです」




 由樹さんが小谷次長の目を見ながら話し始める。そうですよね?と確認するように。彼が早送りの時間を過ごしていた頃のことだ。由樹さんは島野さんから時々牛乳を買うようになった。冷蔵カートには日めくりカレンダーが置かれていたので、それを確認することも目的としていた。


 ある日、ありふれた世間話の延長でのこと。当初は当たり障りない言葉を選んで「遠方から来たのだが友人たちとはぐれてしまった」と由樹さんは島野さんに話していた。ある日には支払おうと出した百円玉が平成になって発行されたものだと気付き引っ込めようとしたが、島野さんは面白がって受け取ってくれた。


 以後は件の“うっかり両替してしまった”自動販売機から戻された五百円玉で支払い、申し訳ないと思いながらそのお釣りで牛乳を買った。百円もしなかったため牛乳は何度か購入することができた。その流れで何度めかに由樹さんは「未来から来た」と打ち明けたらしい。この時代の人の方が、もしかしたら受け入れてくれることもあるかもしれないと考えたからだ。




「―――俺も映画は好きだよ」




 島野さんは少し間を置いた後で静かに笑ったのだという。小銭を小道具だと思われたのかもしれないと由樹さんが考えたのは後になってからだった。




「住み込みで働かないかとまで提案してくださったんです。こんな偽物の小銭を出してくるような詐欺師まがいで得体の知れない―――未来から来たなどという胡乱な、何処の馬の骨だかわからない自分に向かって」




 いや、そんなに自虐的にならなくても。



「そんなに自分を卑下しないでください」




 ほらぁ、小谷青年も困っているじゃないか。本気で自虐する由樹さんと励まそうとオロオロしている小谷青年を見て僕はこっそりコーヒーを吹き出しそうになっていた。



「ありがとうございます。僕には帰る場所が本当にありませんでしたから、嬉しくて」

「いいえ、如何にも島野が言いそうなことです。奥松さんが本当に困っているのが伝わったんだと思います」




 泣き虫な由樹さんは思いがけない親切に喉が詰まったのだそうだ。思えばこれほど困った事態に見舞われたことは今まで生きてきて一度も無く、自分はなんと恵まれた環境に身を置いていたのだろうと目が覚めたのだという。そして、そんな見ず知らずの自分に救いの手を差し伸べて寝床を与えてくれようとする彼がテロリストであるわけがないと確信を得た。


 由樹さんの言葉に小谷青年も激しく同意する。




「あいつは人を困らせるようなことをしたり、絶対に――――――」




 そう言いかけるが口に出すのも悍ましい続きを言葉にして出すことはしなかった。言霊というものがある。それは本能で察するものだと僕は思っている。



 爆破予告犯は職員達に追いかけられて階段を昇りつめ屋上まで逃げた後、飛び降り自殺を図った。それがこの地で史実とされて尤もらしく伝わっている出来事だった。  

 

 ただ当初は亡くなったのは島野さん=犯人と噂が流れたが「あの牛乳屋さんが犯人であるはずが無い」という声が多かったという。


 その通りだ。島野さんが犯人などであるはずはなく、明らかな冤罪であることがすぐに判明したが、そのことも公表されていない。退職を願い出た警察官がいたとも小谷次長からは聞いている。それは上役たちも軽々しく口に出せないわけだ。


 由樹さんにこのことを伝えたのは昨晩宿泊した旅館の部屋でだった。僕の話を聞きながら彼は赤らめていた顔を真っ白に染め何度も息を飲んだ。そのうち気分が優れなくなったようで口を手で覆った。


 出入りしている業者さんが庁舎で自殺を図ったという噂は聞いたことがあったが、牛乳屋さんであることは知らなかったそうだ。しかも自分を気にかけてくれた、あの親切な牛乳屋さんだなんて。爆破予告と関わる話だとも思っていなかった。


 先人たちが隠している話を、まして僕が持って来た案件を話していいものかとは少しだけ迷った。でも由樹さんは島野さんと。ということは助けたいに決まっている。そう決めつけて僕は彼に話す判断をした。




「誰かが総務課で鍵を借りに来た時なんかに、話が出たりするんです。詳しく聞いたことは昨日まで無かったんですが」

「そうですか。・・・今は鍵はかかっていないんです。屋上まで上るのなんて業者さんが作業しに来た時くらいで、喫煙所だって敷地内の何カ所かにできましたから」




 由樹さんがいうには、屋上には令和の現在においてもが無いらしい。人が立ち入ることを前提としていない為だ。しかしながら管理体制が全く変わっていないというわけではないようだが。


 気を付けて、落ちないで、そう声をかける程度ではあるが危険だという意識は底の方に根付いているのだと考えられる。部外者としては「柵作りなよ?」と思わずにはいられないところではあるが。役所だけに予算とか諸々あるのだろう。




「島野さんが屋上を利用する可能性は?」

「ありません、一切」




 小谷青年の答えはキッパリとしていた。小谷次長に同じ質問をした時もそうだった。



 島野さんは定期購入している乳製品を顧客の席まで届けることがあった。少数ではあるが庁舎内のことを部署の配置くらいは把握していたと思われる。それよりも1階の売り場に買いに来る職員の方が圧倒的に多かったらしい。牛乳が瓶で売られていたのが理由の一つではないかとのことだ。ちなみに令和の未来では島野さんの妹さん夫妻が販売に登庁しているんだそうだ。


 由樹さんの話では、この時代の方が売り上げていたように思われるとのことだ。物価の高騰も然りではあるが近くにコンビニができたことも要因なのだろう。




 そして話は少し逸れるが、爆破予告文書は消費税導入への不満に基づくものかと僕は考えていた。小谷次長からもそう聞いていたが実際にはそうではなかった。そこは30年以上前の記憶だから仕方ないのかな。



「その税ってニュースや新聞では偶に見かけることがありますが、実現されるんですか?」



 予想だにしていなかった制度の実現に負の想いを馳せたか小谷青年は青ざめる。そんな誰も喜ばない法案なんてまさか通る筈がない、そんな未来は来ないと考えていて当然だ。


 それを市役所に訴えたところで何とかなるわけないと判らずに訴えちゃう人もいるんだろう。「皆そう言っている!」と主語を大きくして。想像するに難くなかった。


 さておき税率が10%まで上がることは発表しないでおいた。災害と何ら変わらない未来への不安要素になるだけだ。自分の意思とは関係なく世界は変わってゆくものだと、僕は最近そう考えている。




  












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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。








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