ブランカ会議 黎明期

 食事を終えて二杯目の珈琲を注文した。珈琲は食後という概念は一般的ではないのか、食前のサラダと一緒に運ばれてきた。いささか解せぬ部分はあるが致し方あるまい。今度は三人ともホットコーヒーにした。


 店内はエアコンが効いていて、もう少しで快適を通り越してしまうのではと不安になる涼しさだ。小谷青年はそれを知っていたのかカーディガンを羽織っている。自分ばっかり。


 カウンターにいた常連さんは気付けば姿が無かった。窓際で本を読む彼女は待ち合わせだったらしく、男性が外側から窓を叩く音で本から顔を上げると表情を明るく変えて店を出ていった。



「一つよろしいでしょうか」




 勤勉な彼は挙手をした。さすが次長にまで上り詰める男。カーディガン男子の走り。彼には会話の中で、どうも気になったワードがあったらしかった。




「よく・・ってゆーか、わからないんですけど。コンピューターとかインターン?なんとかって流行るんですか?今だって、その、ワープロというのが苦手なんです。全然覚えられません」

「流行るというよりは普及するんです。当たり前になって、だんだん小さくなって持ち歩けるようになるんです」




 万人へと普く行き渡るのだ。僕はその“だんだん”という段階をあまりよく知らないのだけれど。




「持ち歩く?小さくなるって、どういう」



 小谷青年のリアクションは理解できる。この時代で見たことがあるPCならばデスクトップだろう。ワープロはどうなのだろうか。ノート型しか僕は見たことが無い気がするが。



「はい。こうやって」



 これがその小さくなったものになります、とキャンペンーンガールよろしく由樹さんがスマホを顔の横に掲げて見せる。小谷青年は言葉を失っている。




「こうすると文字が打てます」

「うわっ、何ですかそれ!触っただけで?」




 スマートフォンを見て目を丸くしていた小谷青年は、タッチパネルを見ると今度は悲鳴を上げた。そういえば、この時代のタッチパネルのものって思い浮かばない。




「これは電話です」

「電話!?これが!??」




 実際に通話や接続するのを見せたいところだが、あいにく回線が開通するのもWi-Fiが飛び始めるのもまだまだうんと先のことだ。ネットが電話回線で通信していたことすら説明するには早すぎる。


 僕も自分のスマートフォンをポストマンバッグから取り出した。小谷青年はまたも絶句した。



「一人一台は持ってます」

「電話をですか!?一人一台ですって!!?そんなバカな!!!!!」

「触ってみますか?」



 どうぞ、と由樹さんが端末を差し出す。




「いやぁぁぁぁぁ!怖いから良いです。壊したりしたら」



 だって、お高いんでしょう?とマダムみたいなことを口走りながら両手のひらを小刻みに振る仕草が可愛らしい。




「写真も撮れます」

「—――――――!?」



 カシャッ、と音を立てて実際に撮影した写真を見るや小谷青年が両手で頬を押さえた。なんて可愛らしいんだろう。今こそシャッターチャンスではないのか由樹さん。




「どうやって―――――――――――!!!????」

「文字も入れられます」



 次長には申し訳ないと思う。由樹さんも悪気は無いと思うが大変に楽しそうだ。絶対に面白がっている。フリックでの文字入力を目で追って小谷青年は縮み上がった。



「これは持ち歩き用なので業務用のコンピューターは今と同じように机の上で使います。一人一台です。キーボードの配置は変わりません」

「―――――ワープロのように文字を入力する技能は仕事でも必要になるんでしょうか?」

「はい」



 僕は断言する。できなければ仕事にならない未来が必ずくる。小谷青年はとても不安そうだ、気の毒になるほどに。



「でも皆、順応するんです。小谷さんの世代ならばセーフですよ」

「せえふ・・・セーフですか?野球の」

「ええと」




 またしても混乱させてしまったが、間に合うのは本当だ。努力は必要になるかもしれませんが。僕はそのくらいの時代のことを知らんけど、大丈夫。多分。頑張れ。




「はい。間に合います」




 うまい言葉を見つけることができず口ごもった僕の代わりに由樹さんが応えてくれた。親指を立てている。それはアウトのサインだと認識している人が多いかもしれない。小谷青年はどうだろうか。正解を知ることが出来ない曖昧がこの時代には溢れている。




「今みたいに画面を触る方法は・・?こう、指を色んな方向に向けていたように見えましたが」

「人によってですね。色んな方向に向けなくても入力する方法はあります」



 フリックじゃない入力の仕方を口頭だけで伝えられる自信が僕にはなかった。それを察したのか由樹さんが間髪入れず繋いでくれる。



「小谷次長は早い段階でインターネットを使いこなしていると思いますよ。そうでないと夏海さんと接触することはできませんでしたから」

「ああ、確かにそうですね」



 僕も口添えしたことで小谷青年は安堵して見せた。少しは役に立てただろうか。



「・・・そうなんですか?なんだか全然わかりませんけど、ちょっと安心しました」




 否が応でも使いこなせなければならなくなるという現実は遅くとも15年後に迫っている。わからなくても叩き上げで頑張るしかない。老いていても若くても通り過ぎる時代が来るのだ。





*****   *****   *****   ***





[あたしアラフィフ、2000年代前半にフリーターだったんだが]

[ずっと事務職に転職したかったんだ]

[でもワードとかエクセル必須って言われると怖くて応募できなかった]

[マジでそれ]

[メッッッッッチャわかる]

[俺もそれだった]

[ちな70年代後半生まれな]

[ネキに同じく!]

[募集条件に“最低限、名前を付けて保存が理解できてること”って書いてある募集見たことあるお]

[ナカーマ]

[オフ会しようず]

[それは草]

[ワロス]

[しゃあない]

[草]

[名前付けて保存して欲しかったんやろなぁ]

[想像したらワロタ]

[上書きしちゃったのかw]

[>名前付けて保存して欲しかったんやろなぁ そういうことかw]

[かわいい]





*****   *****   *****   ***





 そんな話を今はしないでおくけれど、小谷青年もいつか目にすることがあるかもしれない。使いこなせるようになる日を楽しみにしておいて欲しいと願う。
















🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼




 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面(クライマックス)で登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。















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