小谷次長との話


「高校時代からの友人だったんです」



 島野さんという男性は東京の大学を出て、家業を継ぐために地元へ戻ってきた。小谷次長も大学は東京だったので高校を卒業してからも二人の交流は続いていて、次長が地元での就職を考えたのは島野さんがいるということも大きかったのだという。島野さんのご実家は牛乳屋さんだった。


 僕は最初に偵察に来た日に図らずも島野さんと接触していた。その時は動転していた為、彼が島野さんだと気が付いたのは何日か経った後のことだった。





「その年の夏に二人で居酒屋へ行った時、好きな子がいるって聞かされたんです。そんなこと言われなくても彼らを見ていればわかりました」



 島野さんと売店の女性が親し気に話す姿を何度も見たことがあったのだという。




「それからすぐにです、その女性のことが心配で帰りは家まで送ろうかと思っていると言い出して」



 僕は明太子クリームパスタを目の前にして、小谷次長の言葉を思い出し吹き出しそうになる。




「困ってるなんてすごく幸せそうに言うんですから。好きな子っていうか彼女じゃねえかって思ったら、なんかムカつくじゃないですか」

「わかります」



 あの時も僕は笑ってしまって、今目の前にいる本人よりもお年を召した小谷次長も笑って、その顔が少年のように見えたっけ。




「その心配ごとというのにお心当たりは?」

「聞きました。その彼女———好きな子に付き纏っている男がいたらしくて。売店の客なんですが、仕事中にやたら話しかけてきたり帰りに後をつけられている―――――気がしていたんだそうです。でも」




 そんなこと人に話して思い込みだって言われたら恥をかくかもしれないじゃないですか。勘違いだとか、自意識過剰だとか。




「それが恐ろしくて勤務場所を変えて欲しいと言い出せなかったそうなんです」

「わかります」




 相槌ではなく理解する。かもしれない、ではなく。親身になってくれない人の中には、そのように否定的に考える人もいる。あたかも彼女が思わせぶりな態度を取ったかのように決めつける人間が必ず出てくる。僕は歪んでいるのかな。




>1あなたは歪んでいないよ」



 口元は微笑んでいるのに小谷次長の眉間には皺が寄せられていた。



「ただ話しかけただけなのにとか、帰る方向が一緒なだけだとか、もっともらしいことを言って単に相手を否定しかしない人間は一定数いるんです」



 その時代にストーカーなんて言葉は浸透していなかったようだ。ちらほら聞こえ始めた頃なのだろうか、もっとずっと時間がかかるのかもしれない。事態はどの程度深刻視されていたことだろう。ただ一つ確実なのは、島野さんの彼女のことは事故として処理されたことだ。


 この手の話に接する時は必ず、どうしても脳内で廣瀬先生との会話が散らついた。彼にも早いうちに会いに行きたい。この件についても相談したいくらいだ。彼は今いくつで何をしている頃だろう。



「あの当時そうやって懸念するのは正しい感性だったんだと思います。生きづらくはあるかもしれませんけど」



 法に守ってもらうことができなかった頃。自分で自分を守らなければ。


 その上で人から変に思われない為にも、余計なことを言われて心に追い打ちをかけられるようなことにならぬよう。周囲に同調せざるを得なかったこの時代を生きるのには、そういった配慮までもがきっと必要だった。



 

 

「それに、を上は隠しておきたかっただろうから」



 

 とは、今回の依頼のことだ。公表されていないのだと最初にもらったメールで読んだ記憶があった。



「本当のことなんか公表できなかったでしょうね。どう考えても犯人ではない人間を追い詰めて―――――死なせてしまったなんて」






 *****   *****   *****   ***





「“島野さんと彼女のことが心配なら、それは本当に起こることだから親身になれ”と、次長はそう仰っていますね」



 僕はノートのメモを読み上げた。下線も二重で引かれている。個人情報に当たるため由樹さんには見せていなかったので、読み上げたのは共有の意味もある。



「私の字でもそう書かれています」

「はい」

「彼は、島野は復讐を考えたり、挙句に自ら―――そんなことは絶対に」




 小谷青年も由樹さんも俯きがちになる。それぞれカップとストローに口をつけた。僕は下を向かない。向き合うと決めて此処へ来たんだ。彼らだって同じだと信じている。


 昨晩、口頭で事件の真相を伝えた時も由樹さんは酷くショックを受けた様子を見せた。それを当事者から話を聞くということになれば気が重くもなるだろう。そして彼も今から当事者に加わるのだ。



「協力していただくのは強制ではありません。できないなら出て行けなんて言いませんから」

「やらせてください」



 意地悪で言ったつもりではなく、それは僕の真意だった。由樹さんは静かに答えた。



「きっと私は、その為に過去ここへ来たんだと思うんです」






*****   *****   *****   ***




 顔を上げた目の前の小谷青年は神妙な面持ちだった。寒いみたいにカフェオレのマグカップを両手で包んでいる。



「私は未来で後悔しているんですよね?」

「していたように見えました。とても。」


 

 していただろう。それはもう、その界隈ではトップクラスに。


「悔やんでる界隈」と由樹さんもいう。素性を晒して見ず知らずの僕に連絡してきたくらいなんだから、これはコトですよ。それを告げると小谷さんは少しだけ頬を赤らめた。



「ただ、事態を軽んじていたわけではないんだと仰っていました。これほどまでに大事になると想像していなかったことを」




 35年経っても、あなたは悔やんでいる。




 繰り返すが、今回の依頼は爆破予告事件の真犯人を探し出すことではない。


 提示されていた当日に起きた、爆破予告事件被疑者の庁舎屋上から転落—――――死亡事故を阻止することだ。




 ボブマリーの歌声が聴こえる。マスターも常連さんも、口を閉じていたかはわからないが静かに耳を傾けている。そこにいた誰もがその曲が終わるまで黙っていた。僕らもお店の風景の一部となって歌を聴いていた。













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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 





  

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