ノストラダムスよりも遠い未来の話をする

「その震災のことについて、私から何か頼まれたりはしなかったんですか?」



 この昭和に生きる若い彼は僕の話を信じてくれるようだ。やはり見慣れた、身に覚えのある筆跡でのメッセージには効果があった。



「質問は・・・されました」



 会った人の何人かとはそんな話になった。でも全員を個別に救うことなんて不可能だ。断言する。欲を言えば起こらないで欲しいと願うしかできない。




「僕には災害を防ぐ力も、全ての人に呼びかける力もありません」



 僕は未来でもあなたにそう応えたし、あなたは頷いてくれた。



 

 このことについて僕は無力だ。でも今の「おまえら」なら、呼びかけたら信じてくれるのだろうかと少し考えたりもするよ。少しだけね。僕は今でも震災の日どこにいた?って話になると「地震報告ch」って答えちゃうし。



 最初は関東の大震災が遂に起きたのかと思っていたが、そうではなかった。震源地が他にあるとテレビで知って愕然とした。それでも発生してから長い間、被災地とも呼べないような場所に住む僕ですら計画停電で寒くて暗くて、季節が変わって暑くなる頃まで不自由は続いた。小谷青年は何度も頷きながら聞いてくれていた。


 この先に起こる騒動で心を乱すようなことは極力したくないから、不用意に口に出すつもりは無い。今みたいに何かを知った相手から聞かれない限りは。


 それに今回は、この地域では目立った甚大な被害が聞かれないから言えるようなもので



 1988年に生きる人にとって、あれほど大きな災害は起きたことがないから注意喚起なんて役に立つかも期待できない。あと7年経てば意識は変わるんだと思う。そのずっと先、ノストラダムス?だっけ、それよりも更に遠い話だ。




「小谷次長は未来で会った時も同じことを僕に聞かれましたよ」



 過去へ戻ったら震災のことについての喚起はする予定があるか。



 その覚悟はあるのか、と問われた気がした。僕は無いと答えた。



 当時は係長だった彼も大変な思いをしたと話してくれた。目立つ実害こそ多くはなかったが避難所の設営や泊まり込み、集う不安の声への対応と。もちろん通常の業務だってある。あなただって被災者なのにね。僕が思わず呟いた言葉に顔を上げた彼の表情を鮮明に思い出せる。



「私からの手紙にも、そのように書いてありました。だから備えておけと」



 由樹さんがスプーンの上で麺をくるくる巻いていたフォークを止めた。

 


「対応や避難所への泊まり込みで追われることになるが、落ち着く日が必ず来るから精一杯やれって」



 苦笑いの表情に見知った面影が垣間見える。照れ笑いのような。



「あの、奥松さんと私は未来で接点がありますか?」

「いいえ、同じ部署になることは現在のところありません。ただ小谷次長は誰からも慕われていますよ。悪く言う人に僕は会ったことがありません」

「―――――そうなれるように励みます」



 小谷青年は少し頬を蒸気させながら嬉しさで顔をいっぱいにした。あのダンディにもこんなに幼い頃があったんだな。



「そうですか、私が次長に」



 小谷青年は目をキラキラ輝かせる。当時は次長なんて雲の上の存在だったと、そう話してくれた。僕が会った頃の小谷さんは酸いも甘いも嚙分けた五十代後半だった。


 生きてきた分だけ少し疲れていて、それは狡いことをせず直向きに真面目に生きたからだと僕は知っている。彼を見れば解った。本人の言う通り解放された様子が見受けられたのは峠を越えたと感じたからだと話してくれた。趣味で夜釣りに行くのが楽しくて奥さんには怒られるとか、まだ奥さんのことは当時いまの自分には言わないでおいてほしいこととか。内緒だけど35年後のあなたはイケオジになっているよ。




「日常の実務から解放されて気が楽になったと何度も仰っていて、血色もよくとてもお元気に過ごされていますよ」

「ありがとうございます」



 あくまで日常業務のことね。非日常なことになると大変なようだ。それこそ震災のことや感染症のことが始まれば矢面に立たなければならなくなる、という気苦労は続いている様子だった。


 それでも小谷次長は穏かで感じの良い誠実な人だった。ただ、件の本題になると老人のように一気にやつれゲッソリとして見えた。その印象が強く残っている。


 それではそろそろ、その本題に入ろうか。





*****   *****   *****   ***




 未来での話になる。

 


「島野は、そんなことをするような男では絶対になかったんです」



 小谷次長が苦渋の表情を浮かべて骨ばった指に力を籠めた。男子校時代には島野さんと共にクラリネットを吹いていたという指に筋が浮き上がる。



「いつも揉めたんです、高音か低音かで」



 どちらかを選べと言われたら二人とも低音バスを希望していたのだそうで、新しい楽譜が配布される度にE♭エスクラリネットとバスクラリネットをどちらが吹くかで諍いがあったらしい。それは彼らの高校時代を彩った楽しくて思い出深い揉め事だったのだと察することができた。だって次長の目を細める様子が眩しそうに見えたから。



 その島野さんという同級生こそ、今回の爆破予告における被疑者とされる人物だ。




「お付き合いされている女性がいたようなんです。結婚を考えているんだって。その女性とは俺も顔見知りではあってね」



 それはこの当時のことである。爆破予告されていた日よりも数日前から売店は休みだった。シャッターに手書きの「今日は休みます」といった張り紙があって。




「後から聞いた話なんですが、―――――全てが過ぎた後です」




 全て、とは。アイスコーヒーのグラスに触れる手のひらから全身が冷えてゆく感覚が蘇る。




「数日前に従業員の女性が事故に遭ったということでした」

「事故に?」

「ええ。それが島野の―――――お付き合いしていたんでしょうね。その彼女です」




 彼女は仕事の帰り道で側溝に落ちた。そして誰に引き上げられることもなく流される。


 いつも通っている道だった。日暮れが早くなったといっても売店の閉店時刻は16:00だ。


 遠目にだが、偶然居合わせた犬の散歩をしていた主婦が救急車を呼んだそうだ。急いで家に帰って通報したとのことだった。日が落ちて暗くなってからではあったが彼女は少し離れた下流で、その日のうちに救助された。意識不明だった。今もなお。




「一緒にいた男が救助をせずに走り去ったのだとも、その通報者は話しています」





















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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 




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