回覧:爆破予告文書

 目の前の小谷青年が胸に手を当てて空気を吸い込んだ。それから徐にBurberryの黒カバンに手を突っ込み、クリアファイルを取り出すとテーブルの上に置く。



「これが投げ込まれた予告のコピーです」



 彼が差し出してくれたのは地域安全課というゴム印が押されたA4の藁半紙だった。未来の小谷次長がどんなメッセージを送ってくれたのか想像できないが、話が早くて助かったことに僕は胸を撫で下ろす。その上一人一枚ずつ用意してくれていた。



 手書きですね。と確認するのは時間の無駄に思えるほど明確なまでに手書きだった。感熱紙だった場合の懸念もすぐに掃われた。



「貴重な文書をありがとうございます。持ち出して大丈夫だったんですか?」

「回覧されてきたコピーをコピーしたものなので」



 原本ではないということはわかったが、バレたらあまりよろしくなさそうだ。漏洩か流出か。なるほど、大丈夫ではないな。



「これは全部の課に回覧されるんですか?」

「はい。全ての課に行き渡る枚数コピーを取って・・えーと、この場合ですと担当は地域安全課ですね。そこから各課に配って職員に回覧して、課で保管するという形になります」



 そう結んで小谷さんは由樹さんを見る。相違ないというように由樹んさんも頷く。今でもそうなのか。



「現代で手書きの文書というのはほとんどありません」

「ああ、それは確かに」



 僕も相槌を打つ。だがペーパーレスとは。




  『  十月五日 水ヨウ日 正午、市役所にバクダンを しかける  』





 藁半紙には細めの、多分あの油性マジックペンでそう書かれていた。体操着とか靴とか何にでも書けるあれ。名前書くやつ。


 



「印象だけで感想を述べてもいいでしょうか?」




 探偵のように言ってみるが、何か言わなくちゃという程度の思いで切り出したに過ぎない。小谷青年が真っ直ぐな目を向けてくるから、ごめんね。と思う。



「どうぞ」



 見覚えのある眼差し。真っ直ぐで、でも僕の記憶にあるのは




「ありがとうございます。これを書いたのは、比較的お年を召された方のように感じました」

「私もそう思いました」

「実は私も―――これを見た職員はそう感じていると思います」



 

 所謂、愉快犯だろうというのが僕と由樹さんを含む総員の見解のようだ。


 不機嫌を武器にして相手を従わせようと取る態度の延長たるもので、これはそこまで思慮されているとも思えない短絡的な悪戯である。度を越した嫌がらせだ。特定される恐れが少ないこの時代において、ちょっと大胆になってしまったのではないか。


 脅威には捉えていないものの念の為、対応としては警察に連絡済みで当日の警備を依頼してあるのだそうだ。これは機密という面での時効を迎えた裏話として小谷次長からも聞いた話だった。




「今回は牽制の意味も兼ねてですね、聞き取りは一件行ったそうです」

「牽制?」

「はい。頻繁に苦情の電話をかけてくるご老人がいて、その方が自分は薬剤師だと必ず言うんだそうです。自分は市長とも知り合いだって」



 由樹さんが吹き出す。それを見て小谷さんがニコリと微笑む。役所あるあるなのかもしれない。



「市長と知り合いなら直接言えば良いのに」



 僕のこぼした言葉に二人とも「ふふっ」と息を漏らす。誰もがそう思うのだろう。


 その自称薬剤師さんからの苦情というのは言いがかりや無理な要求ばかりで、給付金を払えだとか自分一人くらい良いだろうとか。あとは前はすぐにくれたとか。後者に至っては給付ではなく個人への貸出にも関わらず、一向に返納する姿勢が見られないという、つまり要注意人物ではあったようだ。(この予告には無関係である可能性が高いみたい。)



 だから彼への牽制と言ったのは、


“爆破するという脅迫があった為、薬剤師さんということでしたので何か精通している部分があるのではないかと思い”


“分野は違ってもお知り合いでお心当たりのある方がいらっしゃる可能性も考えまして”というような、


“参考までに”聞き取りと見せかけた圧をかけたことらしかった。随分とお茶目な警察官さんがいたものだ。本当にその高齢者が犯人ならば逮捕すればいいし、そうでないならばまさしく牽制になる。もう同じことはしないだろう。懲りてくれればの話だが。


 


「常駐してる刑事さんが主導してくれたんだそうです」

「職員課の?」

「そうなんです」



 また二人はニッコリし合う。

 職員課には刑事さんが常駐しているものなのか。忘れないでおこう、この知識がこの先にも役立つことがあるかもしれない。



「未来にも、まだこんな―――」



 小谷青年が言葉を止めて周りを気にするように声を小さくした。



「未来でも、こういった予告みたいなことがあるんですか?」

 


 どちらかというと「未来にも」の方が危険なワードではないかとも思うが、まあ問題あるまい。僕たちの他にはカウンターに常連風の老人がいて、彼はマスターとの会話に夢中になっている。あとは窓際で文庫本を読み耽っているお姉さんが一人。店内にはメロウなレゲエミュージックが流れているだけだった。僕が知ってるみたいなマッシブじゃないやつ。



「はい。もしかしたら今よりも簡単にできるようになったかもしれません」



 由樹さんの言葉に僕も頷いた。



「確かに。パソコンだと筆跡も残らないですもんね」

「ぱそこん」



 困惑した小谷青年を見て僕は自分の迂闊さを少し省みる。きっとメールだなんて補足したとしても余計に混乱させてしまう。



「今回と同じように精度が低く疑わしいと扱われていることが多いです」



 日にちと曜日が合っていなかったり、地名に間違えた漢字を当てていたり。由樹さんは饒舌だ。



「その辺は犯人が言い逃れがしやすいように、敢えてそうしている気がします」



 今も昔も本気度が疑わしいという点は横に置いておいて、無視はできないので警備等の対処はするが重く受け止めてはいないというところらしい。全く迷惑な犯行声明である。ちなみに今回の目的は爆破予告の犯人を突き止めて捕獲することではない。そんな奴に構ってはいられないのだ。

 


 熱心に話を聞いていた小谷青年が水に口をつけて一息ついた。




「あの、私からもお尋ねしてよろしいでしょうか?少し違う話になるんですが」

「勿論です、何でも」

「・・・震災が起こると書かれていました」

 




――――――――そうか、手紙に書かれていたか。
















🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼




 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面(クライマックス)で登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 






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