湯気には破壊力がある
やっぱり、あの時に二人が話していた“スマホ持ってる子”だ。そんなことあるはずないと思っていた。
なのに二人は姿を消して、僕は腹が減って心細くて――――――
「それは私です。こちらも片石さんに気が付いてはいたんです。私自身が御姿を見たわけではないのですが、連れの者が二人とも」
「―――――僕が記憶している皆さんの会話と合致します」
片石さんは恐らく本能で、無意識で鼻をひくつかせている。子供じみていると微笑ましくも僕の腹も鳴った。極限状態にまで腹を空かせている時の湯気には破壊力がある。塩分と旨味を纏った湯気。それは空腹の絶頂にある己に錯覚まで齎すようだった。
見たことも無い南国を思わせる、色鮮やかな植物や鳥を描いた内装が視界に飛び込んできた。幻想的でいて、その伸びやかさが体にも心にも晴れた日差しのごとき暖かく行き渡る。この意味不明な事態において驚異的な安らぎを与えてくれた。
湯気を吸い込めば自分まで風景の一部に溶け込んだかのような感覚に陥る。花となり風にそよいで鳥となり青に羽ばたく。そういう幻覚かと思った。そのくらい腹が減っている。
「安心したら減りました」
「僕もです」
美味しそう、と片石さんが頬を膨らませる。
***** ***** ***** ***
「・・・・・二人は急にいなくなってしまったんです。現代へ戻ったんだと思います」
こっちへ来てから、ほんの三時間ほどで二人ともいなくなってしまった。
初めにこの時代に迷い込んだのは僕一人でだった。翌日に二人が揃って現れるまで途方に暮れていた。ただ、翌日になったという実感はその時には無かった。
「どういうことですか?」
片石さんが身を乗り出してテーブルに肘を置いた。少し左向きに顔を傾けるから、右耳の方が音を拾いやすいのかな―――利き耳ってあるのだろうか―――そんな余計なことを考えてしまう。雑念が生まれるのは心に余裕ができたせいかもしれない。
「聞いていただけますか?」
「聞かせてください」
フライドポテトと一緒にサラダが2つ運ばれてきた。ホール係はあの彼女一人ではないようだ。片石さんは「ありがとうございます」と笑いかける。惚れてまうやろう。さっきピッチャーの水をもらった時にも相手を戸惑わせていた。薄々と感じてはいたが、この人が自分の容姿が優れているということに全く関心を持っていないのは今はっきりと解った。それはさておき
他の客が次々と席を立ちレジに並び始める。13時が近いのかもしれないが、僕の時計はあてにならない。合わせてもすぐにズレるから意味がない。
「
「・・・少し違います」
僕が未来で気を失ったのと、こっちで目を覚ましたのは同じ時間帯だったと思う。時計を見たから記憶しているつもりだが絶対にとは言い切れない。僕は未来で頭を強めに打っている。舌も噛んだ。
「頭は大丈夫なん・・ごめんなさいそういう意味ではなくて、えっと・・・もう痛くないんですか?」
「大丈夫です。でも自分が“あたおか”なんじゃないかと不安にはなります」
どう説明すれば解ってもらいやすいだろうか。
「食いますか」
「あ、では。いただきます」
「いただきます」
温かい食べ物が嬉しい。フライドポテトのジャンクさが懐かしかった。オニオンスープも涙が出るほど美味しく感じた。体に沁み渡り、サラダからは「栄養を摂っている」という安心感が得られる。
「私からも一つ、お伺いしてもいいですか?」
「どうぞ」
「片石さん、あのスレの>1なんでしょう?」
「あ。」
そうじゃないとおかしい。そう易々と誰しもが時間軸を移動してたまるか。
片石さんが今日見た中で一番の驚いた顔をしている。
「しーっ」
僕が唇の前で人差し指を立てると片石さんも同じようにする。彼がなんとなく嬉しそうに見えた。わかる、僕もそう。
こんな話を誰かに聞かれたからって本気にする人はまずいない。せいぜい僕らが「宇宙人です、仲間を探しています」「前世では○○でした」という募集で出会った文通相手に見えるだけだろう。それはとても面白いことだ。そんな話で盛り上がった。
「帰りに本屋さんに寄りたいんですが」
「是非。僕も読んでみたかったんです」
「どこか知ってますか?」
「お任せください」
湯気の立ったオムライスが運ばれてくる。ケチャップの酸味を帯びた気体が鼻から全身に染み渡る。
「名刺をいただいた時にH@Gを見て確信しました。私も何度かメールしようかと考えていたんです」
チーム名も応募したいと思っていたから。ケチャップがかかっているのに玉子の中身もケチャップのチキンライスだ。
「追いケチャップ」と二人で呟く。「美味しい」という声も重なった。
声をかけてくれた人はいたが、これほど意思の疎通が図れることは無く孤独を感じていた。だから胸が詰まる。こんなに安心できたのは実質何日ぶりなのだろうかと、いくら考えてもわからない。
「予告されていた・・・その日に本当は何が起きたのか知りたくて」
「―――――後世には語り継がれているんですね?お若い世代の方にも」
「はい。表向きには事故ということになっていますが、内部では―――」
>1が僕に向かって首を何度も縦に振った。険しい顔で
爆破予告があったりすれば必ず、そうでなくても折があれば上層部の間で「そういえば、あの日は」なんて具合に話題が上がるのを見たことがあった。
「>1がこのタイミングで此処へ来たのならば、その件に関係している可能性が極めて高いと思いました。ただですね」
僕も詳しい話を聞いたことは無い。話題に上がっても誰からともなく話の続行を遮りたがるような空気が漂い、すぐに口を噤んでしまうのだ。そのことについて質問するなど以ての外とばかりに触れてはならない雰囲気になるのだった。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
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