同居人,斯く語りき

 外へ出てみると、もはや肌寒いといってもいい気候だった。2時間ほど前までは陽射しが強いけれど暑さが完全に和らいだのだと感じるような涼しさがあったのに。あれから何日経ったことになっているのだろう。僕がここへ来たのが何月何日だったのかも知らなかった。調べておけば良かったとも思うが、知って何になるんだろうと投げやりな気持ちもさっきまでは少しあった。



 名刺をくれた人は片石さんと名乗った。彼は背が高い。165㎝の僕の目線に肩がある。さっきまで下を向いて過ごしていたから気が付かなかったけれど、たぶん彼は人の目を引く。ここが田舎なことも相まって彼は場違いなほど垢抜けて見える。少し先の時代のファッション雑誌から飛び出してきたみたい。寝癖頭なのに野暮ったくないしスタイルが良いのだ。




「あ、あのお店どうですか?」

「あ、美味しかったと思います。でも」




 駅に向かう途中にあるタイル模様の通りを二人で歩いていた。

 片石さんが立ち止まって見上げた店は僕が高校生の頃、午前中にテストが終わった日の昼食で何度か友人たちと入ったことがあるイタリアンレストランだ。正確には、その店がある場所だった。


 令和になった現代でも店は存在するが、僕が持っている情報は十年以上前のものだ。しかも今はそれよりも二十年も前だ。外装が記憶と違っているのはわかる。で違っているのかを考え始めると頭が痛くなる。

 



「今もイタリアンではあるみたいですね」



 店は今も未来も2階にある。階段の下に置かれた、メニューが書かれている黒板を片石さんはしゃがみ込んで眺めていた。僕を振り返って眩しそうに目を細めるのを見たらウインクされたわけでもないのにドキッとする。



「…そのようですが、味の保証はできません。高校生の頃なんて外食は何でも美味しかった気がしますし」

「ああ、そうかも」



 片石さんは納得してくれたようだが僕が高校生だったのなんて20年も先の話だ。上り階段の向こうに見える店構えがやはりどうしても、途方もなく古風に感じる。



「入ってみましょう」



 初対面の人間と初めて入る店へ、とは思えないノリの軽さだった。若いなあ。イマドキの人なんだと感心してしまう。

 



 *****   *****   *****   ***




 オーダーを取りに来た若い女性には既視感がある。10年と少し前、今から20年後のこの場所でホールを一人で切り盛りしていた女性はこんな雰囲気だった。肌も髪も眼も色素が明るく堀の深い顔立ちが印象に残っている。



「今日でテスト終わったの?お疲れ様!」そう声をかけてくれることがあったので覚えている。


「昔は土曜日になると学生さん来てくれたんだけどね」


 その言葉の意味が解らなくて当時は受け流していた。そうか、昔は土曜日は午後から休みだったのだと聞いたことがある。今こうなって思い出すなんて因果なものだ。





*****   *****   *****   ***




 片石さんは僕に気を遣ってくれたのかサイドメニューも幾つか注文してくれた。


 ワンプレートのランチにしたのは遠慮したつもりなど無くて、単純に米とハンバーグが食べたかったからだ。フライドポテトも彼の気持ちも嬉しくて鼻の奥がツンとなる。心細さも少し軽減された、それが例えこの一瞬だけであろうとも。一飯の恩に僕は報いたいと思う。




「オムライスってイタリアンなんですかね?」

「この時代だとそうなのかもしれません」



 洋食は一括り!和食以外は中華か洋食!

 片石さんは気さくだった。口調は穏かであるが極端なことを言う。



「大変わかりみが深いです」

「ありがとうございます」



 

 面構えは気難しく険しい部類だろう。エビフライかハンバーグかで悩む顔が特にそんな風で、不機嫌にすら見えるくらいだった。目付きが悪いとか鋭すぎるのとは決して違うといえるのに強さを宿しているような


 誰よりも長い時間を生きているみたいな澄んだ奥行きを感じさせる、凛として揺るがない光を放つ深い黒色の瞳をしていた。輝くように潤んだ目は大きすぎないアーモンド形をしていて幼さを引き立たせる。


 一見して冷たげに見える割に表情豊かで、目を見開いたり細めたりする仕草から子供っぽい印象を受けた。声が低いけれど大きくて聴き取りやすい。話してみるとのんびりしていて素朴な親しみやすさを感じさせるのが気後れを遠ざけた。同時に彼のお人好しさが心配にはなるのだが。


 落ち着きのある静かな話し方も僕を落ち着かせた。ランチに誘ってくれたのも「支払いは任せろ」(ベリベリ)と暗に伝えてくれたのも信用する理由としては余りある。多分この人はとても頭がいい。彼に聞いて欲しい話が幾つもあった。




「私の名刺です」

「あっ、いいんですか?」



 彼の狼狽える様子からは、本当に僕の素性を聞いたりするつもりはなかったことが伝わってきた。ただ単に善意だけで僕を食事に誘ってくれたのかと考えると、情けなくも嬉しく思ってやっぱり泣きそうになる。



 そして僕の名刺を受け取ると、それを見た彼が目を丸くした。瞳孔が開いて、上目遣いで余計に小さく見える顔が猫みたい。


 初めは髪に隠れて見えなかったが、ピンと尖った耳の上部にシルバーリングの小さなピアスを付けている。目立つのを避けるような振舞いであるのにも関わらず妙に人を惹きつける雰囲気を持っていた。寝癖のせいかもしれない。磨けば光る…!と彼の知人は誰しもが考えているだろう。ただその全員が、この飾らない素朴さにも魅力を感じているとも思う。




「奥松さん」

「はい」




 名前を呼ばれて僕は背筋を正す。片石さんは中腰で立ち上がって水を飲み干すと、僕に予想通りの質問をした。




「この前・・・・・先月は三人でいましたよね?」


 

 やっぱりそうだった。

 あの時に二人が話していた人だ。スマホを持った子がいるw、草と。そんな人いるわけ無いと僕は否定した。そう何人もいてたまるか。くだらないと僕は否定したんだ。














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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 


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