人には事情がある

 若干の迷いはありつつも、僕はベンチに座る男性に声をかけていた。こういうのは勢いだ。



「あの、体調が悪かったりしますか?」



 寺谷くんに道を聞くことに比べれば、困ってそうな人に声をかけるなんて何でもない。困っていないのならばそれでいい。通り過ぎて後から心配するより全然いい。


 驚いたように顔を上げた彼は少し気まずそうだった。もしも困っていなくて、問題が無いようならばすぐに引き下がろう。かえって迷惑ということもある。彼の座る隣のベンチでは杖を持ったお婆さんが居眠りをしている。声が大きくならないように気を付けながら僕は言った。




「誰か呼びますか?お水とか買ってきますけど」

「あ、―――大丈夫です。ありがとうございます」

「そうですk」





 彼が姿勢を正すと大きな鳴き声みたいな音がした。獣みたいな声。



 腹だ。



 腹が鳴ったのだ。



 すごい音したぞ今。本当に大丈夫か。もう一押しを試みるか。



「失礼だったら申し訳ないんですけど、昨日も此処にいらっしゃった気がして」「あ、」



 立ち上がって僕を見上げる彼は痩せているが、それは今の状況とは無関係かと思われた。金銭を持ち合わせていないなど何らかの理由が有り食事を摂ることができない、といった人にしては身なりが良いし姿勢も正しい。


 少し顔色が悪いが不健康には見受けられないから僕は安心する。清潔感もあるし・・・随分オシャレな眼鏡ですこと?やっぱり財布を落とした人なのかな。もしかしたら待ち合わせの相手が来ないだけ、なんてこともあるかもしれない。


―――――否。


 その説は却下する。昨日から待ってんのかよ?飯も食わないで?そんなわけあるか。携帯電話の無い時代にしても無理がある。もしかしたら朝ごはんを食べる時間が無かったとかね?お昼だからそういうこともあるかもしれないけれど。




「もしお一人ならラ・・お昼ご飯に付き合っていただけませんか?僕、この辺のお店を全然知らなくて」

「・・・いえ、私一人ではあるんですが今その、手持」


「わかった、取材させてください!経費で落としますから!」



 どうだ、断れまい!!!言ったはずだ、こういうのは勢いだと。あれ、そういえば


 隣のベンチに杖を持った老年の女性が座っていたかと思ったが、いつのまにか僕と彼の二人だけになっていることにふと気が付いた。いつ立ち去ったのだろうか。せっかく居眠りしていたのを起こしてしまったか。悪いことをした…気持ちもあるが話しやすくなった。

 


「僕はこういう者なんですけど」



 H@Gと印刷された名刺を差し出した。そういえば校正の確認をしてほしいって課長から連絡が来てたっけ。


 彼は受け取ってくれて一瞬それに目を落とした後、「スウッ」と音を立てて息を吸いこんだ。やばい。警戒されたっぽい。彼は見るからに賢くて、どっから見ても僕は怪しい。怖がって逃げ出したりされるだろうか。



「お話を聞かせていただけませんか?」



 あくまで代金は経費で落としますから!

 僕は強調する。嘘にはならないだろう、この時代で受け取る賃金は経費も含まれている。

 


「勧誘とか絶対しないですし、嫌だったらお名前とかも聞きませんから。ご飯だけでも一緒に」



 うん、我ながら怪しすぎる。強引なナンパみたいになってきたじゃないか。それでも僕は必死だった。頼むから。どうか飯だけでも食って行ってくれよ。お腹減ってるのってなんか寂しいじゃん。



「・・・私なんかでよろしければ、話を聞いていただきたいです」

「ありがとうございます!」

「いえ、こちらこそ。助かります」



 やはり賢い人なのだろう。僕のハッタリを察して乗ってくれたのだ。

 


「ここの6階の食堂っ」

「不味いです」

「行ったことあるんですか?」

「私、ここの職員なんです・・けど、」



 彼はネームホルダーを見せてくれた。奥松という名字が中央に太文字で印字されていて、確かにこの市役所であることと配属部署も記されている。


 職員さん!

 これはちょうどいい。爆破予告のことも少しは聞けるかもしれない。ただ一斉送信メールも無いこの時代に、担当以外の課にも情報は共有されるものなのだろうか。てゆーか爆破予告の担当って何だ。何課だ。小谷さんは市民が訪れる課だから、いざという時に避難させたりという目的があって報らされていたそうだ。他の課のことは知らなかったと聞いている。


 奥松さんは何課なのだろう。土木系の技術屋さんには見えなかった。ご飯を食べながら聞いてみよう。ところで取材って何をどう聞けばいいんだろう。趣味とか?写真とか撮っちゃう?スマホなんて出したらますます警戒されそうだ。怪しすぎる。


 それにやっぱり、あわよくば爆破予告について詳しく聞いておきたい気がするが、さすがに緘口令が敷かれているかもしれないな。その辺はダメ元で。




「午後になったら一度戻ってくる予定ではあるんですが。えーと、何時に戻らないと、とかはありますか?」

「ございません・・・ちょっと今ワケがありまして、休暇中みたいなものとお考えください」

「承知いたしました。では少しお付き合いください」




 休みなのにご出勤か。

 そういうこともあるよね、問い詰めることはやめておこう。人には人の事情があるものだ。僕だって突っ込まれても本当のこと全部なんて話せないもの。













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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面(クライマックス)で登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 


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