古希の帰還~市役所でのこと~


 目的の駅に到着してから20分は歩き、僕は市役所のフロア移動で利用できる昇降手段と場所について調査していた。増築によってエレベーターの基数が変わるのは20年は先の予定になる。現時点では階段かエレベーター2基に限られるようだということを手書きでメモに残す。今までなら経路図をスマホで撮影するところだが、バッテリーの温存を考えてできるだけ使用は控えている。長期的な意味での話だ。


 今日もスマホを持参してはいた。過去こっちへ来て初めての遠出だから今後どうするかまでは決めていないが、さっき牛の写真も撮ったことだし持ち歩くことになるだろうと思われる。しかし写真を撮るだけならばインスタントカメラなる物も売っていることは調べがついていた。なんと自販機でも購入が可能らしい。


 確認が済んだので、未来でスクリーンショットしてきた経路の画像を閉じた。画面の明るさもできる限り下げてある。貧乏くさいのはダメだって廣瀬先生に怒られそうだな。僕はスマホをポストマンバッグにしまった。



 さて、市役所の話に戻ろうか。朝風呂と朝食の後で温泉旅館を出てから一度電車を乗り換えて、合計で一時間弱の移動だった。あとは先述の通りだ。


 この市役所は6階建て・・・と見せかけて6階から更に階段で上がれる7階と地下に倉庫が12か所とボイラー室、洗濯室があることはホームページにも載せられていない。もっとも、この時代にホームページなんてもの自体が存在しない。一般市民には知る由もないことだ。


 

 次に此処へ来る頃には運転免許を取得している予定だ。免許もだけど車も欲しいな。キャンピングカーも良いけれど宿に泊まるのも遠出の楽しみだ。すぐに購入となればローンを組むことになるだろうか。中古で良いから現金で済ませたい。調べてみようかと今しまったばかりのスマホを取り出すが、Wi-Fiなど飛んでやしないことをすぐに思い出す。何も決めていないうちから急いでも仕方が無い。今しばらくは想像して楽しもう。





「え、あの子スマホ持ってる」




 少し低めの女の子の声だった。




 僕は耳を疑った。



 え、どの子?スマホ?心臓の音が跳ね上がる。




「ちょ、マジじゃん!草!」

「声かけてみますか」





 話し方に幼さを感じる男子の声の後で、また女の子の声が聞こえた。上司にでも話しかけているのだろうか、指示を窺うような口調で落ち着いた話し方をする。顔を上げて周囲を見回してみるが歩いているのは老人か首から名札をぶら下げた職員だけで、スマホを持っていそうな“子”は見当たらない。僕のことだろうか?





「ダメですよ」



 女の子に応える別の声が聞こえた。咎めるほどではないが、しっかりとした口調で否定する。声が少し高いけれど間違いなく若い男性だ。




「ゲームボーイか何かでしょう。今はまだ平成にもなってないんですよ」

「ふぁーっ!そうっすよ、うちら陰キャっすよ。話しかけるとかありえね」




 声かけない理由そこかよ。平成とか言ってるし、しかも。


 そんな言葉を知っているということは同じ世界線の人達なのだろうか。懐かしい言葉の数々に妙な親近感を覚える。「草」って。




「そうだよねえ」

「でもスマホは持ってたって絶対。なんで見てねえの、まじで草!」




 正面玄関から三人組の若い男女が出ていくのが見えて僕は息を飲んだ。あれは間違いなく僕のいた時代から来た人たちだ。男性二人は白シャツに黒パンツの一般的な社会人の服装だったが、女の子は個性的だった。黒髪に所々メッシュを入れていて、下半分アッシュに染めた髪をワイヤーのような細いクリップで留めている。ローライズの白いデニムを履いて、何故か紫色のダウンジャケットを手に持っていた。そういえば三人とも夏の装いではない気がする。それにあのダウンはとても軽そうだ。




********************




 彼らが僕と同じ時代から来たとすれば、調査員か何かかもしれない。そうだとすれば思い当たる節がある。


 ――――――そんな風に考えて納得する自分は相当しているのだと思う。だいたい調査員って何だ、どこの組織だ。鳥海社長が派遣したのか?いや、でも「戻っては来られない」と言っていたが複数人は送り込めない、とは言っていなかった。でも多分別の組織だ。だから別の組織って何だ。


 僕はしばらく混乱していた。いつの間にか売店の横で牛乳屋さんが販売を始めていたのでコーヒー牛乳を購入し、その場で飲んだ。甘すぎる甘さが脳を活性化させるのを期待しながら瓶を箱に返す。



「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました!」




 声をかけると牛乳屋のお兄さんが爽やかな笑顔を向けてくれた。本当は三人を追いかけて話しかけたかったけれど僕も目立った行動をするわけにはいかなかった。誰かの印象に残るような真似はできない。 



 昭和六十三年秋、この市役所には爆破予告の文書が投げ込まれる。僕がいた未来に至るまで、そのことが公にされたことは一度も無い。


 









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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。

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