夕立の迫り来る


「ごちそうさまです」

「いえ、お口に合うかわかりませんが」




 僕が“たまり漬け”の箱を渡してそう答えると石田先生が鼻で笑った。旅行だと言ってしまった手前お土産を渡さぬわけには参りますまい。




・・・いや


・・・・・いや待て、そこか?


・・・・・・・本当にそうか?





 今の「ごちそうさまです」には何か深い意味が込められているのではあるまいか。



 僕がデレデレと異性との思い出を語り出すのを誘導するような―――――もちろん朝倉さんではない誰かが相手であるメモリーを。前回は一人旅だと云ったが、あるいはそれを裏付けするような確信を得たいのかもしれない。僕の小旅行と朝倉さんを完全に切り離す確固たる裏付けが欲しいのでは  な い か ?




 そんな風に深読みしてしまう僕は心が荒んでいるのかもしれない。


 何度でも言うが石田先生は頭の良い人だ。性格だって面倒くさいだけであって捻くれているけれど悪いわけでは決してない。ただ尋常でなく素直ではないが、そんなことに罪なんてあるわけがない。ひたすらに不器用なのは30年後から知っていた。少し極端ではあるが長所か短所かというだけの話だ。




「雨が降りそうですね」

「ええ、降るみたいですよ。曇ってきましたね」



 フロントガラスの向こうは濃い灰色だった。


 あまりに雨が強かった場合その時点で教習は終了、路上であればその付近で停車して雨が止むのを待つこともあると説明された。追加で教習を受けるとなると当然料金が発生する。中断したのに一回分の乗車とカウントされることに対して、過去に生徒もしくは保護者から不満が出たのかもしれない。そうでなくても石田先生は慎重な人だ。


 それだけに何か言葉を交わすたび意味深に聞こえてしまって、他意がある可能性を考えてしまうようになっている気がする。薄々わかっていたけれど僕は心理戦が得意ではないのだろうな。




「あっ」




 遠くの雲がひび割れて光るので思わず声が出た。雷は嫌いなんだ。地震雷火事親父の中では地震が一番マシだと思っている。





「落ちても車なら安全ですよ」

「嫌です」




 落ちるのが嫌だという話なのに何を言っているのだ、この人は。そういうところだぞ。



 僕は微かな怒りと呆れの混じった動揺を隠しつつスピードを落としていった。近づいてくるカーブ地点から川寄りの方角に15メートルほど離れているだろうか、その盛り上がった形と大きさから中型バイクなのではないかと思った。


 桜の木陰にブルーシートで巻かれた何かが置かれているのが目に入る。防雨対策なのか、それにしても何故あのような場所に。コースから外れた場所であることは勿論であったが、教習場内において不用意にあんな大きな物を放置しているとは思えない。ペンや消しゴムが一つ転がっていうのとは違う、障害物に匹敵する大きさだ。はっきり言って不自然な光景だった。




「あれは昨日の午後に転倒したオートバイなんです」





 僕が疑問を言葉に出すよりも先に石田先生が言う。いつも通りのお上品な口調だった。教習中のバイクがカーブを曲がり切れず、運転していた生徒が投げ出される事故があったらしい。




「普通自動車ならばブレーキを踏んで止めてあげられますけどね。オートバイではそういうこともあるんです」




 あくまでも“オートバイ”なのか。この当時オートであることは強調するほど稀少であったのか、それほどまでに。楽しんでいるつもりではあるが僕は過去に馴染めていないのだと身にしみてくる。



 運転手は救急車で搬送されたが命の別状はなく軽傷ということで、当日の夕刊にも掲載されたそうだ。それでも事故車両は警察が最終確認に来るまで極力の現状維持を保つという話らしい。





「念の為の確認ですから」

「はい」




 そうでしょうね。

 僕は返事もそぞろに大袈裟なほど前後左右に頭を振り、安全の目視に努めるアピールをしながらコースへ向かって車を発進させる。今日は朝倉さんも乗車しているから何処かですれ違うこともあるだろう。今は坂道のコースにいるのが見える。


 たまたま小テストを受けにきたところ、キャンセル待ちが発生していたので申し込んだのだとさっき会ったときに聞いた。まさか今日お会いするとは思っていなかったのでお土産を持ってきていなかったのが残念だが、連絡手段スマホが無いとも起こり得るのだという勉強にはなった。
















🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼




 ここまでお読みいただきありがとうございます。




“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。

















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