All The Young Dueds ④
春名さんの母親の葬儀は元家族と、悪意のオブザーバーである元親戚に引っかき回されて史上最悪を極めた。葬儀屋さんの記憶にも残っていたくらいだ。姉の一人が何度目かの結婚を葬儀の会場で堂々と発表した。どっから見ても借り物の喪服を着たエクアドル人の新郎が、誰に指示をされたのか喪主のように振舞う。面白がってご祝儀を渡す伯母。春名さんに詰め寄る元父と元姉。
確認しておくが、彼女にも少数ではあったが味方がいなかったわけではない。当たり前だ、正しく生きている者に何の擁護も無くてどうする。良識者の立ち振る舞いで救われる場面も幾らかはあった。あったが、それだけだった。
「猛威を奮ったバカって手を付けられませんからね」
それも人数が増えるとなると。どちらが明確に善か悪かと判っていても人数が多い方に味方する者は必ず存在する。そういう人種は大抵面白い方に付く。遺伝子で考えたら一人や二人では無かったのではないかとも想像してしまう。狂った世界で春名さんとお母さんと、少しの良識ある人物は特異であったと考えられる。それがどんなに苦しいか。マグカップの温かさが両手にぎゅっと広がった。
「よくわかってんじゃん」
「先生それ、いつくらいのお話でしょうか?」
廣瀬先生は視線を落とすと映画のワンシーンみたいにコーヒーカップを口に近づけた。陽が傾き始めるにはまだ早いのに、少なくとも廣瀬弁護士の俯いた顔には陰りが射す。
「今からなら35年経ってないよ」
母親の亡き後、入院中に顔も出さなかった父親と姉だった者たちが家を売ろうと計画していることを知らされた。立ち退けという告知だった。
「葬儀の後ですぐ、その日の内にだ。既に弁護士まで雇っていると言ってきたらしくて」
お母さんや飼っていた犬が生きていた頃の思い出が詰まった家を春名さんは守りたいのだと相談にきた。ストーカーの件で最後に会ってから半年近く経っていた。春名さんはゲッソリと痩せていた。
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一通り話を聞いた後で廣瀬さんは彼女をやんわりと諭す。肉親同士で争って、それで裁判に勝ったとしてもその先も付き合わなければならない。周りだって口を出してくるだろう。
現に、お母さんの姉妹だった伯母たちは面白がって「春名が財産を独り占めしようとしている」と騒ぎ立てている。あるいは面白がって話を聞きたがるが手を差し伸べようというわけでもない者もいた。お母さんの友人という人たちがそれに当たる。
ほんの一部の親類は気にかけてくれはするが
「彼女がこれ以上傷つくのは良くないと思ったんだ」
そんなことは僕にだって解る。解るけれども。
その先も付き合わなければならない?相談もなく家を売ろうとする奴らと?
そんな必要って本当にあるか?
「家族なんだから、とかいう理由で断ったのではありませんよね?」
弁護士は虚を突かれた顔をする。この物腰の穏やかさであったり、お育ちの良さが溢れ出ているからそんな気がしてしまった。彼がとても恵まれた家庭で育ったのが解る。それは金銭面だけでなく環境や家族同士の仲の良さであったり。誰からも大事にされて、可愛がられて、愛されて。いつでも助けてもらえて。
責めるつもりなんか無いのに僕の口調はキツかったかもしれない。どこかで育ちの良さを一瞬でも妬んだのだとしたら、惨めで自分が嫌になる。
縋るような思いで身内の恥を打ち明けた相手から「家族なんだから仲良くしなさいよ」なんて言われたら。僕なら気が狂わないまでも、もうこの人と話しても何の意味も無いと見切るだろう。これ以上煩わしい言葉を聞かされるくらないなら、そう考えて相手から離れることを選ぶに違いなかった。
弁護士の対応だけでなく彼女は自分を取り巻く状況全てに一層絶望したのではないか。唯一の存在だった母が亡き今、傍で自分に寄り添う者は誰一人いなくなったということに。
春名さんから連絡が途絶えたことに当時の廣瀬氏が何を思ったか今は解らない。僕にすべてを話す必要は無い、それはきっと賢明な判断である。若かりし弁護士は仕事が忙しくなるにつれ、このことを記憶の何処かにしまい込み思い出すことは減っていき、やがて忘れてしまった。
それでも何年か経って何かの拍子に思い出す。彼は何度か春名さんの送り迎えで行ったことのある、その家の様子を見に行くことにした。あの頃にはお母さんも健在で庭にいたりして、お礼を言われたこともある。明るい人だったな、なんて思い返しながら。
春名さんは結局あの後どうしたのだろう。すぐに引っ越したのだろうか。
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かつては藤が
「彼女は自分の命を懸けて家の価値を下げたんだよ。そうまでして戦いたかったというのに、僕は」
最後に廣瀬弁護士の事務所を訪れた数日後、元家族から春名さんへ「家の権利に関しての訴状を提出した」との連絡があった。いざ調停の朝「春名さんが逃げないように」と弁護士を連れて家まで迎えに来た元家族によって彼女は発見された。それが変わり果てた姿だったというのは廣瀬弁護士が調べてわかったことだ。
無情なんてものではない陰湿さに僕は吐き気を覚える。発見者らが引き取りを拒んだ為、彼女の身元と引き取り先を一週間かけて探したのはストーカーの時に話を聞いてくれた警察官の呼びかけによってだった。
廣瀬弁護士の視線が灰皿に止まる。
今日は充電の残が怪しかったから、ちょうど電子タバコを2基持ち歩いている。紙巻の煙草も持ち歩いていた。愛用のポストマンバッグはポケットが多いデザインが気に入っている。せっかくこんなにポケットがあるんだもの、余すことなく使いたいと思うのは貧乏性だ。どうぞ、お好きな方を。
僕の差し入れにダンディが目を細め思い切り口角を上げる。覗いた歯並びが綺麗。ちょっとだけ迷ってアメリカンスピリットを一本取り出すと慣れた手つきで火を点けた。ヒューッ!かっこいい!
「僕の依頼はね、夏海くん」
ライターの炎を隠す大きな手は、どんな暴風でも防げるような頼もしさを感じるのに。
「彼女の戦いに僕を巻き込んで欲しいんだ」
それなのに今、僕に向ける情けない顔ときたら。煙と一緒に何か吹き出してしまったみたいに見えた。勇気とか決意とかだけを僅かに残して。
「任されました」
「盛大に頼むぜ」
僕がノートを書き込む間に廣瀬さんは自分へのメッセージを付箋に書いている。自習時間みたい。それが終わって、これでやっとモンブランだ!
「コーヒー淹れ直してくるよ。会議室に行こう」
「はい」
僕はコーヒーの残りを流し込む。廣瀬さんがリモコンを操作するのを見て初めて、この部屋にラジオが流れていることに気が付いた。夏フェスの特集だった。
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会議室は柑橘とハーブのような匂いがする。廣瀬さんの匂いに似ているが少し違う。惑星を模したであろう陶器のアロマポットから、高級感を感じさせる水蒸気が
「お香だったんですね」
僕が尋ねると廣瀬さんは吹き出して、持っていたトレーを落としそうになった。
「君は若いのに渋い言い方をするよね。
「さすがにハンガーって言います」
マフラーを襟巻とは言わないし帽子をシャッポと呼ばない。しかしながら一人暮らしをしていると、ハンガーと口に出して言う機会は全くと言っていいほど無い。
「似てるけど、先生はもう少し甘い匂いがする」
「同じシリーズなんだ。今焚いてるのはムスクが入ってるから」
「いいにおい」
確かに、甘さ控えめ。
鼻が良いんだな、と廣瀬さんも鼻を鳴らす。
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僕はやっとありつけたモンブランの山頂をフォークで削る。あのお店が特別なのか、脳が糖分を欲しているせいなのかは不明だが異常に美味しく感じた。廣瀬さんはアップルパイを手掴みで口に運んだ。手が大きいから小さなフォークを使うよりは食べやすそうだ。
会議室はロマンに溢れていた。さっきは見えなかったけれど、レコードの機械(名前を知らないし、僕はレコードを見たのが初めてだから
廣瀬さんはウエットティッシュで手を吹くと、飾られていたポラロイドカメラを棚から取り出した。それから会議室の入口まで戻ると室内を写真に収めた。モンブランが美味しい。
「これも持って行って、僕に見せてやってくれ」
僕は立ち上がり、大きく頷く。大事に届けますとも。お行儀が悪いから返事はできないが、頬張ったモンブランを
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