All The Young Dueds ②


 今日まで聞き取った情報はノート何冊にも渡っていて、過去あっちで時系列に並べ直す予定になっている。これは重要だから既にスーツケースに入れてある。それ用の新しいノートを買おうかと挨拶がてら働いていた会社へ顔を出したら、「餞別だ!」と社長がラップに包まれたままのノートを束でくれたんだ。考えてみたらノートなんか35年前にも売ってるんだけど。

 

 「おまえら」厳選のテレビ番組や映画の上映時期も印刷した。部屋に残るのは服と本棚と、丸めて枕に使ってるタオルくらいかな。本棚は千明さんが引き取ってくれるし、服なんかはリサイクルに回してもらうように頼んである。


 明日は過去あっちに持って行く物をまとめる予定になっていた。もうほとんど荷造りは済んでいるんだ。もともと荷物は少なくて、あとは最後まで使う電化製品が幾つか。それと今使っているノートと付箋の聞き取りセット。

 


 今日は最後の依頼人に会う。




「君が酔っ払いに絡まれていた店の前にいてくれ。迎えに行くよ」




 そう連絡をくれたのは五十代後半の男性だった。





【実際お会いした方に向かってと思うと】

【おまえら呼ばわりは心苦しいんですが】

[許さねえからな]

[おい、好青年]

[おぼえとけよ>1] 

【忘れてください】

【俺のことなんて】

[草]

[充電器持ったか?]

[充電器いっぱいになりそうだな]

【まだ使うから最後に入れるよ!】

【ありがとう!】

【>充電器いっぱいになりそうだな】

【マジでそれ】




 いっぱいと言ってもスマホの他には電子辞書と電子タバコの本体3基にプレステ4、タブレットとノートパソコンくらいだ。予備のケーブルも持ったから多めではある。忘れてしまったら向こうで買うことはできないから気を付けなければ。電子タバコも過去あっちでは手に入らないから、在庫が切れたらその時に考える。

 


 まあ、ご挨拶はまた改めてということで。




********************




7月29日 13:50



 福岡県出身の廣瀬さん56歳。職業は弁護士だというから、やましいことなど無いのに僕は身構えてしまう。ホットコーヒーの小さいサイズを二つ買っておいた。念の為、砂糖とミルクも一組。お店を出ると既にそれらしき車が駐車場に停まっている。左側にある運転席で男性がサングラスを外した。


 待ち合わせより少しだけ早い。コーヒーが冷めてしまわないか心配だったからちょうどよかった。この暑さではせいぜいヌルくなる程度だとは思うけれど。



 依頼人が左のドアから降りて来る。背が高くてスタイルが良い。ふわふわのパーマを当てた髪は黒々としている。ジャケットを羽織った肩幅が広い、ウエストが細い!イケメンに限られると囁かれるピンクのシャツが似合っている。お互い簡単に本人確認をして、ドアを開けてもらった助手席に座った。紳士か。




「僕の事務所で話さないか」



 うわっ、声かっこいい!!!甘く響く渋い重低音で話し方も穏やかだ。これが色気というものか。しかも弁護士だぜ?どうすんの。車なんか有名なエンブレムを掲げてる。



「・・あ、はい」



 出会って3分も経たずして僕はアラ還間際の彼に悩殺されていた。返事をするのも忘れそうになるくらいメロメロに。こんなことを始めるまで、彼くらいの年代は総じて凄く怖い人間しかいないのだと思い込んでいた。バカみたい。




「夏海くんは甘いもの食べられる?」

「あ、はい」



 正直に申し上げると“もらったら食べる”というくらいだ。酒を嗜むようになってから殆ど食べなくなった。オッサンだ。廣瀬さんの笑い声が広い車内に響いた。




「本物のオッサンに向かって、それを言うかよ」

「・・・謝りません」

「気に入った」



 彼は煙草を自粛してから甘いものを欲するようになったそうだ。今では大好物だとか。




「でも、あれは食べきれなかったね。あの白いアイス」



 動物の名前の商品名を言われたが、僕は食べたことも実物を見たことも無い。コンビニで買えるのだと今初めて知った。




「コンビニなんて行くんですか?」

「そんなに行かないけどね。おじさんだってコンビニくらい行くよ」

「そうではなく」


 

 行っちゃいけないのか?と聞かないところが好ましい。

 

 コンビニでおじさんを見たことがないわけではない。そんなことではなくて。

 百貨店だとか、ワインなんかが当たり前に売られているようなセレブ御用達の高級スーパーにしか出現しないと思ったのだ、こんなイケオジ。





「商店街の方が行くかな。八百屋とか」

「肉屋とか?まさかき肉とか買うんですか?」

「買うよ。あと漬物屋とか」

「どうせピクルスとかでしょう?」

「どうせって何だよ。ぬか漬けだって美味いだろ」



 思いの外庶民的な彼に親近感が湧く。イケオジなのに若干おばさんくさい傾向が見られるところも好感度が高い。




********************



 都心にある彼の事務所へ向かった。右側は仕事で慣れているが、右側なのに運転席ではないということに違和感を禁じ得ない。古い洋楽が車内を流れている。絶対に聴いたことがあるのだが僕は歌詞カードを見る習性が無いためにタイトルがわからなくて、それは古い洋楽に限ったことではなかった。




「いつだったか、ラジオで誰かが言ってたんです」



 歌詞カードを読みながら歌を聞くなんて、台本を読みながら芝居を観るみたいなものだと。



「その意見に賛同したわけではないんですが」



 むしろ正直薄っぺらいとも思った。台本を読みながら観る芝居ってどんなシチュエーションだ。そう考えると作り手にしかわからないことなのかもしれない、とも思えた。





「なんかそれ以来、歌詞カードを見ちゃったらズルをしたみたいな気持ちになる気がして」


 

 だからおまえはダメなんだ、と言われるような気がして。



「素直なんだな」

「そうでしょうか」

「うん、心配になるよ」




 うんうん、と頷く度にふわふわの髪がふわふわ揺れる。精悍な横顔は真っすぐに前を見ている。




「ズルしたって否定されたって構うもんか。少しばかり名の知れた人が偉そうに言ったことにそむいたからって、君の信念が間違っているわけではないだろう」

 



 僕はその横顔を見つめていた。口が開けっ放しなのは居酒屋のチーフとの時とは全く、180度違う意味を持つ。





「君がリスペクトしている相手なら僕も言い方を変えなければならないけど、誰かがって程度なんだろ?たまたまその日のゲストだった誰かの言うことなんか重く受け止めるなよ」




 この人にもっと早く出会っていたかったな。でもそうしたら、僕はボタンを押そうなんて思わなかったかもしれない。どっちが良いんだろう。

 過去あっちへ行ったらすぐにでも、この人に会いに行きたいと思った。



「弁護士になんか若いうちから知り合わない方が良いんだぞ」




 それは照れ隠しなのかな、少し嬉しそうに見える。




「見たければ見りゃあいいんだよ歌詞カードなんか。そのゲストだって自分のCDには歌詞カード付けてるぜ、絶対」



 それにはちょっと笑ってしまう。廣瀬さんも笑った。


 ゲームソフトは別として、CDは嵩張かさばるから持って行かないことに決めていた。過去あっちでもスマホで音楽は聴けるが歌詞を検索することはできない。好きな歌の歌詞は明日スクリーンショットしておこう。




********************




「このケーキ屋さんは古いんだよ」

 


 “HORNほるん”と書かれたお店の駐車場に車を停めると彼は言った。年配の夫婦が二人でやっている小さなお店だった。店内は甘い匂いがして、ケーキと同じくらいパンも売っている。彼が個人事務所を設立した当初からあるのだというから三十年近く前からある。まだ僕の存在していない過去。



「君が過去あっちに行く頃にはあるんじゃないかな」

「ありそうですね」



 

 このお店の過去が変わらなければね。


 古い店を教えて貰えるのはありがたい。これまで会った人にももっと聞いておけば良かった。今日帰ったら「おまえら」に告げよう、素敵な老舗情報は明日まで受け付けてるぜ。




 僕はお店の名物だというモンブラン、廣瀬氏は迷いなくアップルパイとベイクドチーズケーキを2個ずつ買った。お店を出るや彼の事務所にはすぐに到着した。本当に至近距離だった。周囲にはケーキ屋さんの他に洋食屋さんも蕎麦屋さんもある。カレー屋さんもファミレスもコンビニも。おまけに24時間営業のスーパーまで。


 事務所の入った建物は新しくはないが、そこに味があるといった佇まい。ひゃぁ、洒落しゃれている!階段で4階まで上がると、濃いオレンジ色をしたドアの横に木製の看板が立てられていた。HIRO、え、社労士と税理士でもあるんだ。すげえ。


「お昼ご飯には便利ですね」などと軽口を叩かなくて良かったと思う。

 給湯室には調理器具が充実している。コーヒーのサイフォンも手動式のコーヒーミルも使い込まれていて渋い。




「コーヒー淹れてくるから待ってて」

「あ、はい。お構いなく」

「だってケーキ食うのに」




 口内の水分を持っていかれるのは重々承知の上で社交辞令だ。わかってるくせに。まあ、そこはマユルくんとは違う意思疎通の楽ちんさが芽生えている。廣瀬さんは気さくな人だ。



 出入口の左手には、木枠のガラス越しにソファと低いテーブルが置かれた部屋が目に入った。ギターのような物が置かれていて、やはり低い本棚の上にはトランペットが飾られている。基本的に座って過ごす部屋なのだろうか。重心が低いから高く見える窓辺にはジョウロが置かれていた。




「そっちは会議室」

「なんと!」




 あんなリラクゼーション空間で会議なんてできるものなのだろうか。寝てしまいそう。




「まあ僕の昼寝の部屋でもあるんだけどね。あとで案内するよ。とりあえずそっちで、まあ適当に楽にしてて」




 よきにはからえ、と廣瀬さんは給湯室と呼ぶには完成度の高いキッチンへ入って行った。くるしうない。




 僕が通された右の部屋は会議室から10メートルは離れた場所にあった。出入口前の空間にはウォーターサーバーが設置されている。先生の指示に従い、インテリアのようなゴミ箱にコーヒーのカップを捨てた。フローリングは濃い色をしていて壁際には観葉植物が幾つもある。

 

 右の部屋には壁一面、背の高い本棚。ほとんど見えない壁の隙間はライブハウスみたいにフライヤーで埋められていた。僕が生まれるよりも前の古い映画が多い。額縁に入ったレコードのジャケットが飾られている。本棚に漫画は一冊も無くて、ご自身の著書が何冊かある。後で在庫があれば譲ってもらおう。ご本人への素敵な手土産になるのではないか。




「そうだ、ごめん。夏海くん煙草は?」




 鼻歌が途切れたかことに気付いたのは名前を呼ばれたからだ。背表紙を心の中で読み上げていた。暗記するつもりなんてないのに。



「吸っていいからね」




 そうか。僕が酔っ払いに絡まれていたのは喫煙室だった。

 

 廣瀬さんがテーブルに置いてくれた灰皿はアルミ製で絵が褪せている。窓の外はビル街と少し遠くに球場が見える。どうして会議室ではなく、と思ったがこっちの部屋は陽が射すのか。




「夏には花火が上がってね」

「・・いいですね」

「そうだろう」




 テーブルにマグカップを置きながらイケオジがドヤ顔をした。パソコンとモニターが載ったデスクが三つ並ぶ。廣瀬さんの他にも従業員がいるようだ。




「花火を観ながら素麵を食べるんだ」

「何してんですか」

おもむきがあるだろ」

「はい」




 こんな都会の真ん中で花火を見るのはどんな気持ちなんだろう。素麺を食べながら見る、球場の空に上がる花火。三人でも十分に盛り上がることだろう。

 窓ガラス越しの景色に僕は、現代こっちで花火を見ることはもう無いのだと思いを馳せる。






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