第579話

お父さんは熟読しているのか読んでいる時間が長い。


お母さんは、お父さんと違って店内をぐるりと見回している。


物珍しいお店でもないと思うけど。


間口は狭いが細長いから奥行きはある。


だが、ケーキやパンなど食料品製造業は調理スペースが大きい。


奥行きがあっても、ほぼ調理スペースに奪われてしまうだろう。


業務用の冷蔵庫や大型オーブンなど場所をとるものばかりだ。


まぁ、販売スペースは小さくても問題ないが。



「なるほど。短期間でよくまとめたね。急に言われたから考えられない部分もあると思ったけど」



お父さん的には合格ラインだったらしい。


でもね?


私の就活なの。



「いい加減なことは記載できないよ。採用する側が曖昧なこと言ったら、叩かれるのこっちだからね」



「確かに。しかも、SNSがあるから広まるの早いよ。ちょっと言っただけですぐ広まって炎上しちゃうからね。この部屋貸しってアパート持ってるの?」



「上に余ってる部屋がある。そこなら貸せる。まぁ、住み込み?みたいな?」



最後が疑問系だったのが気になる。


みたいな?って何?



「あ〜、なるほど。もう2階は使ってないんだ?」



「うちの妻の性格上、お店と家を一緒にしたら、ずっと1階にいることになる。そんなことになったら絶対倒れる。自分の限界を突破した先にゴールがあるとかなんとか言うから」



「何かに憑かれているみたいだな」



「それに近い。だから、お店から離れたところに家を買ったんだ。成美からはめちゃくちゃ怒られたけど、なんとか説得した。休ませるためには仕事場から離す必要があるって思ったからね」



なんとなく分かる。


お母さんもお父さんも家の中で仕事しているけど、どっちも集中しちゃうと何時間もやってる。


うちは、本格的な仕事道具は揃ってないから、そこまで酷くはないけど家の中で全てが揃っていたら手を伸ばすだろうな。



「でね?2階のことだけど。ずっと使ってなかったから、汚れやクロスの剥がれとか酷くて。そのままでは住めないなぁって。それには貸出可と記載したけど、ちょっとお手入れが必要だよって話になる」



リフォームが必要なレベルってこと?


でも、その費用はないから、こっちでどうにかしてくれないかってことだろう。



「お部屋はそんな感じだけど、一番は凛さんがどうしたいか、だからね。まだ、就職期間だし。いい職場と出会うかもしれないから。うちはダメだった場合ってことで考えてもいいよ。いいところがあったらそっちに行くべきだと俺は思う。いい環境で働くとモチベーションも上がるし」



このまま採用になってしまうことはないらしい。


確かに、まだ他を見たい。


スイーツでも色々あるし。


タルト専門店とか、和菓子専門とか。



「あぁ、言っておかなくちゃ。成美の性格はアレだけど腕は確かだよ。有名なお店から声が掛かったほどだからね。断ったけど。彼女の考えと合わなかったんだ。彼女は一等地で働くより、今みたいに街のケーキ屋さんで働きたいって考えだったから。接客は全くできないけど、お客さんと近い距離でいたかったらしい。近い距離なら意見を聞きやすいって」



へ〜ぇ、お客さんとの距離感か………………


短大のお店だってお客さんと距離が近い。


近いと世間話もする。


先輩はよく話を振っていたな。


で、最近できたお店の情報を仕入れていたっけ。



「で?意見は妻じゃなくて夫が聞いているんだ?」



「ハハッ、そうだね。俺が聞いているね」



一等地か………………


一等地にあるお店で働きたいか?と聞かれると、ちょっと想像ができない。


自分がそこで働いてるイメージが出来ないということは、そこは私には合わないということだろう。


イメージ………………


今まで調べた求人で想像できたものはあったか?


………………。


………………。


ない。



「だから、うちはお客さんとよく会話をするよ。世間話が多いけど。それが嫌っていう人もいるからね」



嫌ではないが、苦手ではある。


だが、いつまでも苦手では困る。



「すぐに返事はできないので考えさせてください」



「うん。凛さんって、人と話すの苦手?」



「はい」



「即答だね。隠さないで言ってくれたから良かったよ」



やはり問題だろうか?

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