第564話
奥村達樹さん。
年齢はお父さんより年上で40歳。
エンジニアの仕事をしていたらしいが、奥さんのお店を手伝うために辞めたらしい。
奥さんの成美さんは、ケーキ作りで忙しいため接客は主に達樹さんが担当しているらしい。
というか、達樹さんが奥さんに言った。
接客は俺がするから、君はケーキ作りに集中してって。
いい話だ。
うん、とっても………………
本当は、お店に立って欲しくないってことらしい。
「成美さんは、愛想がないからねぇ。あのまま、接客したらお客さん帰っちゃうよね」
「実際、帰ったんだよね。たくさんケーキが残って処分も大変だし。売上を出すためには接客担当が絶対に必要だった。稼がないとこのお店は潰れてしまう」
「まぁ、裏方だけにしたのは正解だったと思うよ。ただ、電話には出て欲しいなぁ。そっちが呼んだんだからさ。ここまで来ちゃったよ」
「あ〜、それは本当に申し訳ない。多分、あと少しでここに来るから。あっ、ケーキもう1つ食べる?サービスするよ」
「夕食が食べられなくなるから遠慮するよ」
このチーズケーキはしっとり系なのだが、とても柔らかい。
ふわふわでしっとり………………
そして、コーヒーとの相性抜群。
「あっ、来たみたいだよ」
目元を押さえながらこちらに歩いて来る人が成美さんだろう。
どうやらお疲れのようだ。
「成美、目薬いる?」
「いらない。寝不足だから寝れば治る。で?急に来たのはそれなりに理由があるんだよね?ないなら帰ってくれない?もう眠いの」
「そんな言い方しないで。ここまで来てもらったんだし。はい、目薬」
達樹さんは目薬を成美さんに渡す。
「相変わらずだなぁ。君の評価を見て連絡したのに、出ないし。出ないならここまで来るしかないよね?メールしても見ないかもしれないし。うちの娘が連絡したんだよ」
「集中している時は出ない。店の電話なら夫が出るよ」
「店に電話しても、君が出ないなら意味ないでしょ?で?この子が俺の娘の凛。パーティーで見たから分かってると思うけど」
「アレを読んで、すぐ来たのか。まぁ、その行動力は好ましい。それにしても………………この子があなたの娘なんてね。雰囲気も似てるのね。父親と同じ道を進むなんて、もっと楽な道があったでしょうに。この世界は競争率が激しいから、キツいのに。なぜ、止めなかったの?私だったら、子供に同じ道を進ませたくないけど」
えっと………………
これは、どういう感じなのだろうか。
スイーツを作るのをやめろってことか?
「間違った方向に進むなら止めるけど。今のところは問題ないよ。挫折が怖くて、なんて言ってられないでしょ。凛はそんなんで辞めない子だよ」
「ふ〜ん」
成美さんは仁王立ちで私を見る。
ペコリと頭を下げる。
「奥村成美。ここのお店の経営者兼パティシエ。電話をくれたらしいけど、集中しているときは出ないの。あなたの作ったプリン食べたけど、あれは素人の味ね。味に深みがない。アレじゃ売り物にはできない」
グサッとすることを言われている。
「あなたがいるんだから教えてあげたら?あのプリンは売り物にはならないって。自己満足で終わっている」
「鋭い刃で言うね。グサグサ来るよ。俺は、教える必要がないと思ったから言ってない。俺の評価は低くないから」
「そう。私は言う」
「そうだろうね」
「今日は時間がないから、結論から言うけど。就職先はここに来たら?」
………………。
ん?
「ゴホッゴホッ」
お父さんが咽せている。
どうやらコーヒーを飲んでいる最中だったらしい。
「あのぉ、成美さん?成美さん?それ、俺は聞いてないよ?えっ?募集してたっけ?」
達樹さんも知らなかったらしく驚いている。
「今、言ったでしょ」
「う〜ん」
「人手が足りないって言ってたでしょ?」
「言ったけど。うん、言ったけどね!」
「詳細は後日、伝えることにするから。あなた達、家が遠いから帰ったら?」
なんだろうか。
達樹さんは、知らないことを聞いてどうしようかって感じだし、お父さんもそんなこと言われるとは思ってなかったからびっくりしている。
「あぁ、そうだね。そっちも色々あると思うから、今日はこれで帰るよ」
お父さんはカウンターに置いてあるケーキが入った箱を手に持つ。
「凛、帰ろうか」
「うん」
これから、2人は話し合いをするのだろう。
こちらも帰るのが遅くなってしまう。
お店から出て車に乗り込む。
そして、隣にいるお父さんから大きなため息が聞こえた。
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