第562話

熱い人なら、早めに動いたほうがいいだろう。


スマホを取り出し、書いてある連絡先に電話する。


………………。


7コール目でも出ない。


留守か?


一旦、電話を切ってスマホをテーブルの上に置く。



「出ない」



「だろうねぇ」



「知ってるの?」



「集中している時は電話に出ないよ。スマホ、ポケットでめちゃくちゃ鳴ってるけどね。満足するまで出ない人だから」



そんな状態だといつ頃出るだろうか?


………………。


いつ頃、終わるのかも分からないし。


ずっと電話をするのも、あちらの集中を切れさせるかもしれない。


私がそれをやられたらスマホの電源切るだろうな。


だったら………………行くか。



「電話が無理なら行くしかないかな?」



「そっかぁ。なら、行こうか」



お父さんは椅子から立ち上がりカウンターにあった車の鍵を掴む。


えっ?


今?



「今行くの?このお店、この近くじゃないよ?高速乗るよ?」



「日帰りで行けるでしょ?あの人、電話番号書いたけど、絶対に直接会いに行ったほうがいい。凛もなんとなく思っているかもしれないけど、動きが遅いと怒るタイプの人。面倒な人なんだよねぇ」



行くなら服を着替えないと。


部屋着で出かけるわけにはいかない。


自分の部屋に行き、クローゼットからワンピースを取り出す。


まだ、1回も着たことがないワンピースには値札がそのまま付いていた。


それをハサミで切ってからワンピースを着る。


髪も髪ゴムで軽く束ねてから部屋を出た。



「着替えたんだ?」



「うん。おかしい?」



「いや、おかしくはないよ。そのワンピース初めて見た」



「うん。さっき値札切った」



「似合ってるよ」



「お母さんが2時間悩んだワンピース」



「………………ヤバいね」



「ヤバいでしょ?」



自分の洋服より私の洋服を選ぶ時間が長い。


あれこれと持って来られてずっと試着室の中にいる感じだ。


たくさん着替えされると、どれがいいのか分からなくなる。


でも、お母さんは全て覚えているのだ。



「んじゃ、行こうか」



「お母さんは?」



「寝てる。書置きしたから大丈夫」



どうやらお疲れで寝ているらしい。



「そっか」



「凛と2人でお出かけしてくるから、夕ご飯はどこかで食べるから1人で食べてねって書いたから、今日は外で食べようね」



あっ、それはお母さん拗ねるのでは?


起きたら書置きがあって、その内容がソレだったら絶対拗ねるよ。


置いて行かれたって思う。



「早く行かないとお店閉まっちゃうから。商品無くなったらお店閉めちゃうから」



お父さんは鼻歌をしながら家から出た。


なんか上機嫌なんだけど。


お母さん、ごめんなさい。


行ってきます。


家から出て車に乗り込む。


目的地のお店はここから高速で3時間くらいだろう。


往復6時間。


日帰りで行けるか?


家に帰って来るの夜中にならない?


不安を抱えながら車は高速道路に乗る。



「なんか、お父さん上機嫌だね。なんかあったの?」



「ん〜、よく考えたら凛と2人でお出かけするのも、あと何回あるか分からないし」



「海外に行くの近いね」



「うん。準備は順調だからね。あっちに住む部屋も確保できたらしい。オンラインで見たけど、いい部屋だったよ。2人が来ても泊まれる部屋もあるし。駅から近いから交通機関も利用しやすい。お店からも近いから案内もすぐできる」



「良いところ借りれたんだね?高そう」



「高いだろうね。でも、安全な場所で暮らしたいよ。俺がお金を支払うわけじゃないけど、自分の食費とか日用品はこっちで支払うし。買い物がしやすい場所がいいじゃん」



お父さんのことだから、あれこれ注文したんだろうな。


探すの大変だっただろう。


こっちより、あっちのほうが家賃高そうだし。



「何も問題がなくなれば2ヶ月後くらいには行けるかな。だから、たくさん一緒に過ごしたいなぁって。亜紀君ではないけど、家族不足になっちゃうかもしれないから。電話できるけど、会いたくなるじゃん。亜紀君は帰って来ちゃったけどね」



お父さんはクスクスと笑う。



「アメリカ、遠いね」



「そうだね。遠いね………………アホほど遠い。今日は何食べる?凛が食べたいの言って」



親子の時間は無限ではない。


私はそれを分かっているはずだ。


だからって特別なことをするわけではない。



「すき焼き」



「分かった。奮発して良いところに行こうか」



普通の親子の時間を過ごしたい。


ただ、それだけでいい。

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