疑問

どうして?とか、何故?とか、人は疑問を口にする事がある。



それは自分が納得したいだけなのか。


疑問を解決へと導きたいのか。


ただ知りたいとゆう興味からか。


ただ言葉を紡ぐために使うのか。




母が亡くなった時、


これからどうなるの?

何でお母さん居ないの?

どうしてお母さん死んだの?


そんな言葉をたくさん投げかけた。



それに対して大人は、



「パパに聞いてね」


「パパが知ってるよ」


「今忙しいから後でパパに教えてもらって」



どれも聞いた事に対する答えをくれなかった。



だけど、悶々とする気持ちの中で、この時あたしは、一つの答えに結びついていたんだと思う。



じゃあもう聞かない。と…


答えてくれない事が、少しずつ喪失感に変わっていく。



どうして?と聞けば、人は溜め息を吐く。


何で?と聞けば、何が?と濁される。



答えてくれない事に抱いた寂しさは、答えてくれない事への諦めに変わった。



だから疑問を作りたくない。



何でだろう?とは思う。

だけど何で?とは口にしたくない。



“何でもない”



それを言われてしまえば、あたしはまた落胆する。



聞いてしまった自分にではなく、答えをくれない相手へ。





…——あたし達はお店を出た。


出入り口の自動ドアが開いた時、一度店内を見渡した。


次は迷わずキャラメル何とかを注文しようと、心に決めて…



「今日はありがとね!」



視線を戻した先に、岸田ゆり子ちゃんが微笑んでいたから、あたしに言ってるんだと気づいて「うん」と笑っておいた。



駅へ向かって歩いてると、来る時に見えたあの通りが見える。



カラオケBOXやゲームセンターが立ち並び、スッカリ暗くなった街をその明かりが着飾っていた。



あたしの行ってみたいランキングトップ10にもちろん入っているそこは、どうしても気になって、やはり目が行ってしまう。



見失わないように、岸田ゆり子ちゃんの姿を確認しながら、視線はチラチラとその通りを行き来していた。



「すず…?」



だから声が聞こえた時、咄嗟に立ち止まってしまった。




…あたし?


あたしの事…?



岸田ゆり子ちゃんが立ち止まったのも、その気配でわかった。



名前を呼ぶ声の方へと視線を向けた先には、



「えっ、どしたの!?」



ビルの前に立つ、父が居た。



駆け寄って父の前まで行くと、スーツを着た姿が鮮明に見えて、仕事終わったのかな?と、不意に募る疑問。



「やっほ!」


鞄を持ってない方の手を挙げ、そう言った父は、ニコニコと微笑んでいる。



まさかの父の登場に同様が隠せないあたしは、


「父さんどうしたの!?何でこんなとこ居んの!?」


ひたすら質問を繰り返していた。


それがもの凄い驚きようだったらしく、父も少し吃驚していて…



「ここ、父さんの会社」


何とも適切な答えをくれた。



唖然とし、その方向を見上げると、今日デパートに行く途中、何気なく見上げていた高層階のビルだった。



「ここなの!?」


「そうそう」


「デカっ!!」


「本社だからね」


「本社…」



って——、こんなに大きいの?



「へー」とビルを見上げてみる。



…やはり大きい。




「それより、」



見上げる程大きなビルに興奮していたあたしは、そう呟いた父の言葉を耳で受け取り、いまだ目の前のビルに視線を向けていた。



「隣に居る子は、すずの友達?」



ハッ、とした。


ヤバイ!と思った。


忘れていた、岸田ゆり子ちゃんの存在を。



父の言葉と同時に、あたしは振り返って、遠慮がちに少し後ろに立っている彼女へ視線を向けた。



「あの、ごめんね!これ父親。あたしの」


相当テンパってたんだと思う。バラバラに出てきた言葉がそれを証明していた。



「あっ…初めまして!岸田って言います」


ぺこっと頭を下げた岸田ゆり子ちゃんは、心なしか緊張してるように見えた。



「初めまして。よろしくね」


父はニコニコと嬉しそうに微笑んで、岸田ゆり子ちゃんに紳士な対応をしている。



「“これ”がいつもお世話になってます」


紳士な父は、あたしに嫌味を言う事も忘れてなかった。


さっきあたしが言った“これ父親”とゆうフレーズをちゃっかり根に持っているらしい。



「すず達は“これ”からどうすんの?」


やたら“これ”を主張してくるから、


「…はいはいごめんね」


大人になりきれないあたしは、大人なのに子供みたいな父に溜め息を吐いた。


その謝罪に満足したのか、頬を緩めて「帰るんなら一緒に乗ってく?」と、あたしと岸田ゆり子ちゃんを交互に見つめてくる。



「えっ!あっ…」


岸田ゆり子ちゃんの戸惑いが聞こえて、あたしを見ているのがわかったから、


「一緒に行こ」


半ば強引に彼女を誘い込んだ。




「美味しい!!」


「でしょ?すずの作るご飯は、ほんと美味うまいんだよ」


「凄いなぁ。あたしなんて料理した事ないですよ…」


「そうなの?でもゆりちゃんなら可愛いから許す!」



…何を言ってるんだ。


この親父は何を…



昨日の夜作ったビーフシチューは、1日寝かせたお蔭で、今日のは更に美味しい。



「はぁ…」


なのに溜め息が出るのは、この親父の所為だ。



「そんな事ないです。お父さんだって、こんなに若くて、あたしビックリしました」


「えー?ゆりちゃん、嬉しい事言ってくれるねぇ」



ちゃっかり岸田ゆり子ちゃんから下の名前を聞き出して、“ゆりちゃん”なんて馴れ馴れしく呼んでいるこの親父は、


「やっぱり食事は大勢でするのが楽しいね?」


…相当浮かれている。



父の会社の前で、「一緒に行こ」と岸田ゆり子ちゃんを誘い込んだ後、父の車に乗り込んだ。



…ところまでは良かった。



何故か父と岸田ゆり子ちゃんは意気投合し、車内は会話が尽きる事なく…



「ゆりちゃんご飯食べて行きなよ!」



調子に乗った父の発言から、あたし達3人はうちへ帰宅する事となった。



「良いんですか…?」


後部座席から聞こえる彼女の声に、振り返って「いいよ」と答えたのはあたしだった。



言葉は父へ向けられたものだと思う。

だけど彼女の視線はあたしに向けられていると思った。



ここで断るのはおかしな話だし、この場は「いいよ」と承諾するしかなくて…



「わー!嬉しい!」



物凄く嬉しそうな彼女には悪いけど、あたしは少し憂鬱だった。



岸田ゆり子ちゃんがどうとかじゃなくて、家へ誰かを招き入れた事がない。



あたしにとって、家は大切な空間で…


それを第三者が入る事によって、どう対処すれば良いのかわからない。



帰ったらお母さんに“ただいま”を言って、口にはしないけど、母の写真を見つめながら今日1日の事を語りたかった。



だけどそんな事をして、変に思われないだろうかって考える。


どうして?何で?と、疑問をぶつけられるんじゃないかと…



あたしは説明するんだろうか?


聞かれて答えるんだろうか?



人に疑問符を使いたくないと思うのは、自分が使われたくないから…なのかもしれない。



“何でもない”



自分がそう答えて、聞かれた相手に落胆されるのが嫌なのかもしれない。


そう思うあたしは、やっぱり一人が似合う。


いや、自ら一人を望んでいるのかもしれない。




岸田ゆり子ちゃんは、やはり上品だった。家へ着いて遠慮がちな彼女を招き入れ、リビングのソファーへ座るよう促した。



何か飲み物でも…と思って台所へ向かったものの、来客に慣れてない所為で普段からお茶ぐらいしか用意しておらず…



今度から何か買っておこうと思いながら、冷たい麦茶をコップに注ぎ、ソファーに座る岸田ゆり子ちゃんの前に差し出した。



彼女は「ありがと…」と遠慮がちに受け取り、やはり遠慮ぎみにお茶を口へ運んで、またそれをテーブルに戻した。



背もたれに寄りかからず、ソファーに浅く腰かけてる彼女は…まるでどっかのお嬢様みたいな振る舞い方をする。



ご飯の支度をしている間、父と岸田ゆり子ちゃんはソファーで楽しそうに話してた。



だからこっそり仏間に行って、遅くなったけど、お母さんに「ただいま」を告げた。



「すずと2人も楽しいけどね!」



…何のフォローだよ親父。



あたしが黙ってるから気をつかったのか…父はヘラッと笑っていた。



「ふたり…なんですか?」



隣に座る岸田ゆり子ちゃんが遠慮してるのか、驚いたのか、小さくなる声でそう呟いた。



「そうだよ。すずの母で、僕の妻は、すずが5歳の時に、僕が35歳の時に病気で亡くなってね」



紳士が抜けないのか、“僕”とか言っちゃってる父に、しらけた視線を送った。



「そうだったんですか…」


「そうそう、だからすずといつも2人」



またヘラッと笑った父から、岸田ゆり子ちゃんがあたしに視線を向けたのがわかった。


だけど素知らぬ顔で、黙々とご飯を口に運んだ。



「気にしないでね、ゆりちゃん」


黙り込んだ彼女に、父は優しく言葉をかけていた。


あたしは言葉をかける事も、視線を向ける事もしなかった。



ただ、黙々と箸を進めた。



こうゆうのイライラする。


そうゆう目が嫌なのに。


あたしは気にしてない。


あたしは父と2人の生活を幸せだと思ってる。



あたしは不幸じゃない。


あたしは幸せなのに、周りはいつもそうゆう風に仕立て上げる。



父子家庭で転校ばかり繰り返して、友達の居ないあたしに、勝手に“可哀想な子”ってゆうレッテルを張る。



大変だね…って哀れみを向ける。



じゃあ、大変さをあなたはどれだけ理解してるのか?と聞きたくなる。



そうゆう目で見られるのが嫌だった。



孤独ぶるつもりはないのに、周りの態度があたしを孤独だと思わせる。



迷惑かけないように人一倍頑張っているのに、


「お父さんに迷惑かけないようにね」


「すずちゃんがお母さんの代わりに頑張らないとね」


あたしに追い討ちをかける。



辛いから話したくないんじゃない。

思い出したくないから聞いてほしくないんじゃない。



あたしの環境は普通だから、そうゆう目で見てほしくない。


そうゆう目で見られるから、何も答えたくない。




あたしはまた一つ。


落胆してしまう。



“そうゆう”態度を示した、岸田ゆり子ちゃんに…



空気を読むつもりは全くないらしい父のお蔭で、静まり返りそうだった食卓の雰囲気を、見事に明るい空間へと変えていた。



ご飯を食べ終わって、「後片付けを手伝う」と言う岸田ゆり子ちゃんに「いいからいいから…」と、何とか諦めてもらい、父の運転する車で彼女を家まで送り届けた。



車に揺れて…会話してる内に、あっとゆう間に着いた岸田家。



住宅街の中に見えた一軒家は、あたしが住んでるおばぁちゃん家みたいに古くはなく…


似たような家が立ち並ぶ中で、当たり前に馴染んで見えた。



玄関の外に灯された明かりが、彼女の帰りを待っていたようで…



「遅くなってごめんね!お家の人、大丈夫?」



今更心配している紳士な父は、岸田ゆり子ちゃんに言葉をかけた。



「はい、大丈夫です!こちらこそ遅くまでお邪魔してすみません」


ぺこりと頭を下げた岸田ゆり子ちゃんは、


「ありがとうございます」


もう一度頭を下げて、「すず、また明日ね!」と、手を降って家の中へ入って行った。



それを見送って、父は車を発車した。



「ゆりちゃん可愛いね?」


二人きりになった帰りの車内は、親父の気持ち悪い発言から幕を挙げた。



「……」


ジトーっと横目で父を睨むと、それに気づいた父がハハッと笑って、


「今、気持ちわりぃ親父だなぁとか思ったろ?」


見事にあたしの心中を当てて見せた。



「まさか、とんでもない」


そう返すと、父がまたハハッと笑っていたから、正面に向けていた視線を助手席の窓へ移動させた。



流れる景色を瞳に映しながら、耳は車内に流れる音楽を捉えていた。



これは父の車だけど、あたしが乗った時に自分の好きな曲を聞きたいから、あたしが選曲したミュージックが常に流れている。



それを変えない父は、あたしの好きなようにさせてくれている。



「父さんは、すずの友達が皆可愛い」



突然の話しに、窓から父へ視線を向けると、一瞬あたしを見て微笑んだ父はまた正面を見つめて、


「だからまた紹介してね」


と、気持ち悪い笑みを浮かべて気持ち悪い発言をした。



「…うえっ」


「おっと、今度は口に出したな」


「この気持ち悪さを胸に留めておけなかった」


「スッキリした?」


「お陰様で…」



「それは良かった」なんて笑う父は、あたしが嫌みを言えば言う程、嬉しそうで…



「すずのシラけた時の顔が母さんソックリ…」


クククッと思い出したように笑っていた。



やはりあたしと母は親子だ。



お母さんもきっと、こうゆう父にイラッとして、気持ち悪い父にシラけて、どこかフワフワした父が、そこそこ好きなんだと思う。

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