存在意義

自分は必要な人間なのだろうかと思う時がある。


自分は何のために生まれて来たのだろうかと考える時がある。



例えばそれは、悲しんでいる人の助けに成れなかった時。


役に立たない自分は、居ても居なくても同じじゃないかと思ったりする。



例えばそれは、拒絶された時。


大げさに拒否を示される時もあれば、何も言われない事に拒絶を感じる事もある。




…——次の日も、その次の日も…あの渡り廊下での出来事を、岸田ゆり子ちゃんが語る事はなかった。



だからあたしも何も言わない。



時間の流れは止まる事なく…曖昧な現状を置き去りにしていった。



だけど変わった事がある。



「すず!」



あたしの名詞は、「長谷川さん」から、「すず」になった。



「どしたの?」


朝一番にあたしの席へ駆け寄って来た岸田ゆり子ちゃんに視線を向けた。



「今日帰りにちょっと付き合ってほしい!」


「頼む!」と、右手を顔に近づける彼女は、お願いしているのにどこか偉そうだ。



「いいよ」


「ほんと!?ありがと!助かっちゃう」



変わった事と言えば、他にもたくさんある。


あたしの中で、岸田ゆり子ちゃんの印象が大きく変わった。


一緒に居るようになってわかったのは、彼女は割と大胆な性格をしている。だけどたまに見せる振る舞いは上品で、掴めない人だと思っていた。



「何すんの?」


「アイがもうすぐ誕生日だから、プレゼント買いに行きたくて!」



それからもう一つ。


“アイ” は、教室に居ない事が増えていった。


お昼もあたしと岸田ゆり子ちゃんの2人で食べている。



「それは喜ぶね」


「どうだろ?毎年あげてるから」



言葉とは反対に、嬉しそうに岸田ゆり子ちゃんが笑うから…



「アイツは喜ぶよ」



“アイ” が居ない原因は、あたしっぽい…気がする。



“アイ” に避けられているのは、何となく気づいていた。


岸田ゆり子ちゃんと毎朝一緒に登校してるらしい “アイ” は、あたしが教室に入った時は既に居ない。


授業が始まるとフラッと戻って来て、お昼になるとまた出て行く。



だから何となく気づいていた。



“アイ” に避けられてる事。



それが、あの日の渡り廊下での出来事が関係してるって事も…




「今日は何食べる?」


「いつもので…」


「え?また唐揚げ定食?飽きないの?」



呆れたように笑う岸田ゆり子ちゃんと、向かうはいつもの食堂。



「メニュー選ぶのが面倒なんだよね」


あたしが笑って答えると、彼女は更に呆れたようで…



「そんなに?」


と、あたしを見る。



「うん…唐揚げ定食、嫌いじゃないし」


「でも、たまには違うもの食べたくならない?」


「なるかもね」


「…すずってほんと意外なとこがある」



そう言って頷く岸田ゆり子ちゃんは、一体あたしをどうゆうイメージで見てるのだろうか…



食堂に着いて唐揚げ定食を口にするあたしの前で、オムライスなんてゆう可愛らしい物を食べる岸田ゆり子ちゃんは、最近お弁当を持って来てない。



何となく聞き辛くて聞けないでいる時、“アイ” がお昼に教室を出て行く時にお弁当を持っているのを見て、“アイ” の分は作ってるんだろうなって勝手に思った。



「食堂のご飯って普通に美味しいよね?」


前にも聞いたようなセリフ。


本気で感動してるのか…それとも無理して笑ってんのか…笑顔でそんな事を言われても、あたしは苦笑いを浮かべるしかない。



「…そうだね」


あたしの所為で、岸田ゆり子ちゃんと “アイ” を引き離した気分だった。



だから何となく会話が続かない。

“あたしの所為”ってゆう思いが、頭にチラついて…


気にしないようにすればする程…今の状況が更に嫌になってくる。


ずっと一人だったから、対人関係は苦手なのに…


こんな風に気を張って過ごすくらいなら、初めから関わるんじゃなかった…とまで、思ってしまう。


そんな自分を酷く可哀相に思うあたしは、はなから友達なんて求めちゃいけないのかもしれない。



会話をしているようで会話だと思えないのは、言葉を交わせても心が交わってないからだと思う。



食堂のご飯が美味しいとか…

唐揚げ定食がどうだとか…

そんな似たり寄ったりの事ばかり話して。


会話がこんなに苦痛だと思うあたしは、相当嫌な奴だ。


なのにそれを、会話を振って来る岸田ゆり子ちゃんの所為にしてる。



“アイ”と初めて会話した日、アイツに言われた言葉を思い出して、その通りだな…と、苦い笑みが漏れた。



止まる事のない会話に、きちんと返事が出来ているのかすら分からないまま、あたしは岸田ゆり子ちゃんの後を追って食堂を出た。



「何買うか何も決めてないんだよね」


あたしが隣に追いつくと、岸田ゆり子ちゃんは振り向き様にそう笑った。


“アイ”にあげる誕生日プレゼントの事を言ってるんだろう。



「そうなんだ」


「だから見て決めたいんだけど…」


「うん」


「いいのあるかな?」



そんなのあたしに聞かれてもわからない。

だから返す言葉なんてないのに…岸田ゆり子ちゃんはこうゆう事ばかり言ってくる。


答えなんて求めてない感じに見えるから、あたしは益々卑屈になってしまう。


そしてまた岸田ゆり子ちゃんの所為にして、自分が可哀相…とほざくんだろう。


それを分かっていながら会話をするあたしは――…



「あると思うよ」



とんだ偽善者なんだ。



…もっとも変わった事、


それはあたしかもしれない…


何も話してくれない岸田ゆり子ちゃんに、いつも理不尽な怒りをぶつけてくる“アイ”に、あの渡り廊下の先輩達に…


あたしの心が大きく揺れ、疑心暗鬼になっていた。



欲しいと求めた友達が求めたものと違った時、ひどく落胆し、嫌になるのはあたしだけなのだろうか…


それなのに手放さないのは、あたしのエゴなのだろうか…


嫌になっていくにつれて、何故か無理して合わせるようになっていた。



嫌だとゆう事を悟られないように、いかにも楽しんでいるように…



ずっと一人だったから。一人でも大丈夫なのに…



長く居すぎたのかもしれない。つるむ事を知ってしまったから…


最初から一人なのと、途中で一人になるのとじゃ、孤独感が違う。



あたしに孤独感なんてなかった。

それが当たり前だったから。



…だけど今は違う。


確実にあたしは孤独感を味わう事になる。



一時でも、友達とゆうものに触れてしまったから…

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