クラスメイト

「……朝は居ないんだ」



フゥーっと出た溜め息は、何に対してのものか…


靴を履き替えて向かった先には、渡り廊下が見えてくる。


そこは登校中の生徒達で溢れ返っていた。



昨日の帰り、ここを占領していた彼ら2年生の姿はどこにも見当たらず…


彼らが居ると居ないとじゃ、この場所の景色すら違って見える。



早く来すぎたのかと思ったその疑問は、教室に入ってすぐ解決された。




「先輩達、まだ来てないね?」


「あれ?朝は居ないんじゃないの?」


「えー…何で?」


「さぁ…?大体午後から来てるみたい」


「えー…そうなんだ…」


「かっこいいよね?ミヤチ先輩!」


「うん!ヤバイよね?中学の時より更にかっこよくなってない?」


「わかる!!ねぇ、お昼になったら来てるか見に行こうよ!」



隣から聞こえて来る女子の会話に、一人聞き耳を立てていた。



「長谷川さん」


「…えっ?」



透き通った声が聞こえて振り返ると、そこには岸田ゆり子ちゃんが立っていて、「おはよう」と笑顔を向けられた。



…見た目は今時の女子高生なのに。


なんてゆうか…その容姿には品がある。



「おはよ…」


突然現れたその存在に少し驚いたのもあり、語尾がやけに小さくなってしまった。



でも…驚いたのはあたしだけじゃなかったみたいで…



「長谷川さんも気になる?」


「へ?」


「ミヤチ達の事」


「み、みや…?」



何の事か分からずそう聞き返したけど、岸田ゆり子ちゃんの視線はゆっくり隣に向けられ…


さっき大盛り上がりで話してた女子達が、気まずそうに席を立って行く。



「モテる男は大変だね」


呟きながら隣の空いた席へ腰を下ろす岸田ゆり子ちゃんは、何だか腹黒い…



「ミヤチって何…?」


「あー…ほら、昨日渡り廊下に居た人」



その言い方は、やはりどこか刺があるように感じた。



「長谷川さんって家近いの?」


「ん?うん」


「やっぱり。駅とは逆に歩いて帰ってたもんね」


「あ、だね」


「じゃあ引っ越して来たんだ?」


「…そうだけど、何?」


「だって、地元違うって言ってたから」



クスッと笑った彼女に、凄い観察力だなと…少し驚いた。



「あれ?おまえら友達?」



そんな2人の空間に、突如舞い込んで来た低い声。



「そうだよ。昨日仲良くなった」


「ね?」と岸田ゆり子ちゃんに微笑まれて、咄嗟に「うん」と返すと、そこにはクラスメイトの男子が立っていて、「へー」なんて言いながら、舐めるような視線を向けて来る。


その視線が、あたしとゆう人物を見定めているような気がして、非常に不愉快だ。



「だれ…?」


岸田ゆり子ちゃんに聞きながら、目はクラスメイトの男子に向けると、


「はっ?」


なんて言って来やがるから、胸糞悪い。



まずその…人を舐め腐った目付きと、一々腹の立つ口調を何とかしてほしい。とゆうかやめて頂きたい。


見るからに調子に乗ってますみたいな奴だ。髪型も、俺ってお洒落だろ?みたいな腰パンも…



「まぁ誰でもいいや」


何かムカついて…聞いておきながらどうでもいいです。って態度とったら…



「腹ぐれぇ女」


逆にどうでもいいですって感じの顔をされて余計にムカついた。




「食堂のご飯って結構美味しいね?」


「俺は弁当が良かった」


「まだ言ってるし…」


「何でいきなり食堂になるんだよ!」


「良いじゃん別に。2人より3人の方が楽しいじゃん」


「弁当もったいないだろうが!」


「じゃあアイはお弁当を食べれば良いじゃん」


「何でそうなるんだよ…」



今日のお昼ご飯は、昨日と同じで唐揚げ定食にした。お昼はガッツリ食べないと気が済まない。



「ゆりがせっかく作ってくれたのに…」


「だからそれを食べれば良いじゃん」



座るテーブルも昨日と同じ場所にした。

一度座ると、次もそこに目が行ってしまうタチだ。



「高校生になったらあたしがお弁当を作ってあげるねって、おまえ張り切ってたじゃねぇかよ!」


「そうゆう事、おっきい声で言わないでよ…うるさいなぁ」



中学の時から、学校ではいつも一人で食べてた。だから昨日だって一人で食べた。


そして今日も、一人で食べる…筈だった…



「長谷川さんが吃驚びっくりするでしょ!」


「知るかよ…」



同時に向けられたその視線に、ハハッ…と苦笑いを返したあたしは、この2人と向かい合ってお昼を食べている。



「もーっ!しつこいっ!」


食堂に響いた声は、岸田ゆり子ちゃんのもので…


「おまえは何で俺とゆりのランチを邪魔すんだよ!」


何故か怒られているのはあたしだ。



「長谷川さんにそんな事言わないで!誘ったのはあたしなんだから!」


「昨日、一緒に弁当食べようね。って言ったのに…」


「だからこうやってアイも誘ってるでしょ!」



ランチのAセットを頼んだ岸田ゆり子ちゃんも、お弁当を抱えたままのコイツも、なかなか箸を進めないから唐揚げ定食の唐揚げが喉を通らない…



「…もしかして明日もコイツと食うのか!?」



一々こうやって指を差されるなら、明日のお食事会は辞退させて頂きたい。



「もう…ほんとしつこい」



ギロリと睨みを効かせ、重低音を響かせたのは岸田ゆり子ちゃんで、



「こぇなぁ…」



…コイツの言葉に同感した。



——それは…


午前中の授業が終わって、あたしの席にやって来た岸田ゆり子ちゃんの一言から始まった。



「長谷川さん」



何故かその落ち着いた口調はあたしをヒヤッとさせる。



ビクッと上がった肩を隠すように視線を向けると、やはり岸田ゆり子ちゃんが立っていて…

その手には2つのお弁当が抱えられていた。



「お昼一緒に食べようね」



笑ってる割に物凄く強制的な口調に聞こえ…

チラリとお弁当へ視線を移した。



「あたし食堂だから…」



お弁当のないあたしは食堂で食べるしかなく…



「そっかぁ」



これで、誰か別の人を誘うんだろうなと思った。



なのに…


「じゃあ一緒に行く」


そう言われた時には腕を掴まれていて…



「アイー!行くよー!」


引っ張られるようにして歩かされるあたしの後ろで、



「どこ行くんだよ!?」


叫ぶアイツの声が虚しく響いていた。




…——で、今の状況に至る。




「ゆりの弁当も食っていい?」



既に自分の分を完食したらしいコイツが、岸田ゆり子ちゃんからお弁当を貰っていた。



「全部食べていいよ」



ニコリと笑って答えた岸田ゆり子ちゃんは、とても優しい表情をしている。



「2人は…付き合ってるの?」



唐突に口を開いた事に驚いたのか、その内容に驚いたのか…


2人してポカンとした表情を浮かべていた。



「…あ、え…違った?」



その反応に困ったのは言うまでもなく…



「ごめんごめん!そうじゃなくて!」



クスクス笑っている岸田ゆり子ちゃんの反応に、更に困惑の溜め息が漏れた。



「付き合ってないよ。あたし達、幼馴染なの」



さも当たり前のように笑った彼女に、「へーそうなんだ」とは、言えなかった。



だって、誰がどう見たって付き合ってるように見える。今までの2人のやり取りはそう見える。彼女が彼氏にお弁当を作ってあげたように見える。



だいたい、



「ゆりは俺の女だ」



コイツがそう言っている。



「またそうゆう事を言う!」



でも否定されてる。



「あたしがいつアイの女になったのよ!」



怒る岸田ゆり子ちゃんには悪いけど…



「付き合えば良いのに」



2人はお似合いだと思う。

そもそも何で付き合ってないのかが疑問だ。



「だろ!?わかってんなおまえ!」



…とゆうよりコイツが、一方的に好きなのかもしれない。



あたしは岸田ゆり子ちゃんが嫌いじゃない。好きと言える程彼女の事を知らないから。



いつだってそう。


どうせすぐに引っ越すからと、相手に深入りなんてしないし、詮索もしない。知ったところで訪れるのは別れとゆう結末。



それも二度と会えない。



だから興味がないって顔をして、いつもどうでもいいって態度をとって見せた。



でもこうやって一緒に居る事は嫌いじゃない。いやむしろ、お昼に誘ってもらって“嬉しい”と感じてる自分が居る。



大して会話とゆう会話もしてないし、ご飯も満足に食べれていない。ただ、2人の言い合いのようなやり取りを、はたから見ていたにすぎない。



だけど嫌じゃなかった。


2人と食堂に居て、嫌じゃない事だけはわかった。



だから知りたいと思う。


そうすればもっとわかるかもしれない。



あたしにも、“友達”とゆうものが…




奇妙なお食事会は幕を閉じ、教室に帰る道のりで、岸田ゆり子ちゃんと“アイ”の後ろ姿を眺めていた。



「ヨウタ!」



後ろから聞こえてきた叫び声と同時に振り返ると、見た事のない男子生徒が走って来て、



「……」


「……」


一瞬目が合ったから、あたし?なんて思ったけど、それはすぐに逸らされ…男子生徒は“アイ”に近づいた。



「ミヤチが探してる。おまえ携帯持ってねぇの?何度もかけてんのに…」



そうやって話しかけるから、必然とあたし達は立ち止まる。



「あっ…やべぇ…教室に置きっぱだ…」



ほんとにやべぇって感じで焦ってるコイツに、「とりあえず行くぞバカ」って吐き捨てながら、男子生徒は“アイ”の腕を掴んで…



「じゃあね、ゆりちゃん」



優しい表情に変わると、岸田ゆり子ちゃんに愛想を振り撒いて、ついでに手まで振って進んで行った。



取り残されたあたし達は、お互いに顔を見合わせ苦笑い。



「アイツ連れてかれたけど…」


「だね…」



再び教室へ戻る為に歩き出すと、



「あの人は先輩だよ。二年生」



何も聞いてないのに、“あの人”について岸田ゆり子ちゃんは教えてくれた。



「…長谷川さんは、何も聞いて来ないね」



クスッと笑って痛いところをついてくるからあたしは笑えない。



「まぁ興味なさそうだもんね」



またクスッと笑ってそんな事を言うから、更に笑えない。



「あたしから質問とかしていい?」


「…なに?」


「長谷川さんは、好きな人いる?」



岸田ゆり子ちゃんは、あたしに何を求めているのだろうか…



「いないよ」



そう答えると、岸田ゆり子ちゃんがジッーと見つめてくる…



「嘘じゃないよ」


咄嗟に立ち止まって訴えた。



「マジでガチでいないから」


「わかったわかった!ごめんね?」



ごめんとゆうのは、やはり疑っていた…とゆう事だろうか。



「あたし、長谷川さんの事何も知らないから…」



そう呟いた彼女に視線を向けると、再び歩き出し…



「人っておかしい生き物だよね。」



今度は人について語り出す。



「詮索されると関わりたくないって思うのに、興味ないって感じにされると知ってほしいって思っちゃう…」



それはあたしの心に重く響いた―…

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