第52話

琥珀がお腹に居る頃、母親はいつもこんな顔してお腹を撫でていた。






幼かった翡翠も、そんな母の顔を見るのがとても好きだった。






母親のお腹の中に居るまだ見ぬ妹に、逢いたくて・・・逢いたくて仕方なかった日々を思い出した。








「琥珀は・・・もう子供じゃないんだな?」



そう言った翡翠の顔はどこか寂しげで、




「うん。母親になるよ。頼りないけど、リクと頑張って行く。」




「きっと大変だぞ?勉強しながら母親になるなんて。」





翡翠はゆっくりと琥珀の傍へと歩いてくる。





前かがみに琥珀の顔を覗き込むと、その頬にそっと触れた。




「お前の夢はどうするんだ?」




と聞いた。





「夢はね、この子を産んでから叶える。リクが一緒に頑張ろうって言ってくれてんだ。だから、夢もこの子も諦めないよ。」



琥珀の瞳に宿るのは、揺るぎ無い覚悟。






「・・・フッ・・・分かった。もう何も言わねぇよ。お前がそれほど覚悟してんのに、俺には何も言う権利ねぇわ。」





翡翠の瞳は優しく変わる。






妹を大切に思う優しい兄貴の瞳。







いつかこの手を離れて行く日が来ると思ってた。







まさか、こんなにも早く来るなんて思いもしなかった。





でも、琥珀は確実に俺の手を離れて行く。





泣き虫でいつも自分の後を追いかけてきていた可愛い妹は、1人の素敵な女性に育ってしまったようだ。






口元に漏れるのは笑み。







寂しいと思う反面、こんなにうれしい事もない。








大きな両手をゆっくり伸ばすと、小さなその体を包み込んだ。






「おめでとう。」





そう言えば、自分の背中に小さな手がギュッとしがみついた。





「・・・ありがとう。」



自分の胸元から聞こえる涙声。







可愛い可愛い妹。







手を離す時が来たんだ。






翡翠は琥珀をゆっくりその腕から解放すると、立ち上がって振り向いた。





その先には正座する六織と元就の姿。








「六織!」




射抜くような瞳を六織の向けて低い声を出す。




「はい。」



と六織は背筋を伸ばして立ち上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る