第5話

午前中の仕事をこなして、12時を過ぎた。





俺はネクタイを緩めて椅子に深く座り込んで、一息つく。






ハンコ押しは、実に面倒で敵わない。






指にタコが出来ちまうじゃねぇか!




印鑑を持ちすぎて、傷む指先を摩った。








あぁ~腹減ったぁ~、飯食いてぇ。






そんな事を考えてると、【トントン】とノックが聞こえた。





「はい。」



と言えば、




「失礼します。」



と棗が入ってきた。








「お昼食べに行くか?」



と聞いた俺に、



怪訝そうに眉を潜めて、溜息を付いた棗。




「お忘れかも知れませんが、13時より得意先との昼食会でございます。急いで出かける準備をお願いします。車の手配をしてまいります。失礼いたします。」



一礼すると部屋を出て行った。






「昼食もゆっくり食えねぇのか?」



翡翠の苦情は聞き入れてくれるものはいなかった。






「秘書様が怒る前に準備するか?」




翡翠は立ち上がると、背もたれに掛けてあった背広に手を通した。




ネクタイを絞めなおすと、皮のソファーに置かれていたビジネスバッグを手に取った。







髪を手櫛でさらりと撫でつけると社長室を出た。







エレベーター前には姿勢を正して控えた棗。





翡翠が近づくと、



「お鞄お持ちします。」



と、翡翠の手からビジネスバッグを受け取った。





本当に良く出来た秘書だと思う。







こういう奴が、数年もすれば『お局様』とか呼ばれるんじゃねぇの?





翡翠はそんな事を考えながら、エレベーターに乗り込んだ。







棗はエレベーターガールの様にパネル前に立つと手早くエレベーターを操作する。






「本日の昼食会は、牧村様にございます。」



その言葉に、



「ゲッ・・・あのおばさんか?」



と顔を歪めた翡翠。






牧村とは、大成建設の女社長で翡翠の会社と大口取引のある相手だ。





年の割には綺麗だけど、それを武器に相手に迫るのが鬱陶しい。





おばさん社長は何を勘違いしてるのか、いつも翡翠に色目を使ってくる。






俺は間違いなくばば専じゃない。

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