第8話


そして到着したのはこの街一番の高級ホテルの一室。



11年前、彩音にプレゼントしてやれなかったシチュエーション。最上階のスイートルームだ。夜景も薔薇の花束もシャボンいっぱいの泡風呂も用意してある。



チェックインする際に俺たち二人を怪訝そうにカウンターの係が眺めていたが宿泊代の前金で札束をバンっ!とカウンターに置くとカウンター係も大人しくなった。



部屋に入るなり、何年ぶりか俺たちは口づけを交わした。



浅く深く、互いの呼吸さえ吸収しようとするように。



彩音の全部が欲しかった。気持ちも身体も魂さえ―――全て。根こそぎ―――



重い打掛を一枚一枚剥いでいくのに一苦労あったが、一枚床に衣が落ちる度、ひとつ彩音の本心に近づいたようで、それすらも心地良く耳朶に響き、



やがて一糸纏わぬ彩音の体が現れると、俺は力強く抱き締め、そしてベッドに倒した。



狂った方位磁石のように、或は時計のように、そして時に高校生の時抱いた砂糖のような甘い気持ちを伴って



俺たちは抱き合った。



行為が終わった後、彩音は床に落ちた長襦袢に袖を通しながら



「ねぇ、これからどうするの?どこへ逃げる?」と、高校生のときと変わらず……あの源氏物語を熱く語っていたワクワクとした瞳で聞いてきて、



俺は部屋の隅に置かれたスーツケースを目配せ。



「何が入ってるの?」



「ざっと5臆。俺、大学中退した後IT会社立ち上げてそれが面白いほどうまくいって今や年商20臆。



カード類は足がつくからな、全部キャッシュだ」と笑った。



彩音も笑った。



「相変わらずワルい男」



「でも好きだろ?そうゆうの」



「ええ、好きよ。どこへ行こっか」彩音が子供のように俺の腹に巻き付いてきて頬擦り。



「お前の好きな所でいいぜ」



「本当?」



「ああ、嘘はつかない」






「私は―――今度こそ、飛び立てるのね」





眠りに落ちる瞬間、彩音の声が優しく耳朶に響いた。




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