第6話


彩音が勉強を教えてくれる代わりに、俺は彩音にこいつが知らないであろう世界を見せたつもりだった。



夜の道をバイクでニケツして飛ばしたり、あてもなく着いた先に海が見えたら、二人ともガキみたいに制服姿で海に飛び込んだり、シーズン後で閉店している海の家でもつれるように抱き合ったり。



「こうゆうのいいね」



彩音は紅潮した顔で目をゆっくりとまばたき、俺の濡れた前髪をそっと掻き揚げ



「だろ?豪華な夜景のスイートルームでもないし、バラの花束も、泡風呂もないけどな」



「ううん、こうゆうのがいい」彩音のむき出しの肌がきゅっと俺を抱きしめる。



彩音ははじめてだった。はじめての経験をこんな場所でさせてしまった申し訳なさはあったが



俺はどうしようもなく、彩音が欲しかった。



魂ごと、根こそぎ。





しかし



俺たちがそれぞれ別々の大学に進学すると、その距離は自然遠のいていった。彩音が進学したのはこの地域でも有名な女学院で、俺なんかと付き合ってると言う時点でマイナスイメージがついちまう。だから俺が……俺から少しずつ距離を開けた。



俺は彩音が好きだった。



彩音の幸せを願っていた。



屋上で交わしたあの会話から、俺の中はいつしか彩音でいっぱいだった。



いっときはあいつの全てが欲しくて、しかしそれは征服欲ではなかった。彩音がくれたもの。



それはホンモノの愛に他ならない。



だから「終わった」と感じてもそれほどダメージを受けなかった。俺がそう仕向けたから。



けれど「結婚」と聞いて、今まで仕舞っていた……いや無理やり蓋をして押し込めていた気持ちが溢れそうになっていた。その度に蓋をぎゅうぎゅうと閉めようとしたけれど、その結果



――蓋は



  壊 れ た




――気持ちが




  溢 れ 出 す





俺は空蝉にはなれない。



たった一枚の薄衣に気持ちを託して、その場を立ち去ることなんてできない。




彩音が欲しい。




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