第5話


「あたしは中でも空蝉が好きなの」



「うつせみ?」



「そ。元々身分はそこそこの地位だったんだけど、後ろ盾になる親を亡くし、元は光源氏のお父さんの側室そくしつ(第二夫人)ぐらいになれる人で本人も彼に憧れていたのに、泣く泣く地方の受領ずりょうの後妻に入るんだけどね。



そこで、たまたまその受領が留守のとき、これまた、たまたま光源氏がその場を訪れたの。もうこれだけで運命感じない?」と彩音はワクワク聞いてきた。



「でもね、空蝉の凄いところはね、光源氏の求愛を断固として受け入れなかったの。本心では凄く好きだったのに、絶対、絶対!受け入れなかったの」



「てかそれって当たり前じゃね?だってそのセミ??には旦那が居たんだろ?倫理的にどうかと思うぜ」



「あんたがそれを言う?」と彩音は俺を軽くでこピン。



「ちょっと待てよ。俺は女を略奪したことなんてねぇぞ」



「でも女の子の方があんたを好きになって、彼氏が居るのに別れたって子も多いよ」



「そりゃ本人の意思じゃん。俺のせいじゃない」とこともなげに言うと



「新谷らしい」と彩音は笑った。



正直、彩音が何で俺と付き合う気になったのか分からなかった。けれどその気持ちってのは11年後の―――今でも分からない。



「この時代恋愛はもっと自由って言うか、とにかく一人に捉われることはないの。



空蝉はハッキリ言って十人並の顔で飛び抜けて美しくもなく、階級も中流。自分は彼のお相手にもなりません、と言って断ったの。それでも諦められなかった光源氏が夜、こっそり空蝉のところに夜這いに行くんだけどね、それに気づいた空蝉が






来ていた衣だけ置いて、彼女は消えてしまったの。気持ちだけをその衣に託して」






ふーん、まぁ奥が深い?のか??そうじゃないのか俺には分からん。



「そのときの光源氏の謳った言葉がね



『空蝉の身をかへてける木のもとに

なほ人がらのなつかしきかな』



なんだよ。



意味は『セミの抜け殻のように、その身を変えて去ってしまった木の下で、そうはいってもやはり、あなたの人柄が(この抜け殻の小袿こうちぎと共に)心惹かれる』」



と言うこと。つまり光源氏は空蝉に会いたくて、会いたくて



苦しくて……



でも空蝉も光源氏のことを好きなのに、自分の身分の低さや容姿を気にして衣だけを残して身を引く



悲しい物語なんだよ」




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