第21話
私は藤村先輩の横を歩く度胸はなく、かと言って琳のように動き回るのもなんとなくしたくない。なるべく離れないよう後ろを歩くことを心がけている。
家族以外とこういった買い物をする機会はなかったから新鮮だ。
真剣な顔で商品を見ている藤村先輩の姿は私が思い描く主婦そのもので、こう言ったらあれだがサバ読んでいるのではないかと疑ってしまう。そんなわけないのはわかっているが。
「そういや、祐希」
私が横目で観察している中、ホットケーキミックスをカゴに入れた観察対象である藤村先輩が私に声をかけてきた。
「俺のことも名前で呼んでいい。先輩付けされるのもむず痒いから先輩もつけなくていい」
それは唐突な申し出だった。露骨に困惑した様子を晒してしまう。
「……え、えっと」
「まあ無理に呼ばなくてもいいけどよ。少しの間だけど一緒に暮らす仲だし、あの寮は祐希の第二の家みたく思って欲しいからあんま気負わなくていいんだ。藤村先輩じゃなんか壁感じるし」
勝手なこと言って悪いな、聞き流してくれても構わん。と言うとまた粉類と向き合っていた。「強力粉……いや今買うべきものでは……」と聞こえてくる。
全然、悪くない。藤村先輩は私がどんな理由で新寮に移動したなんて知らないだろう。ただ、移動するほどの何かがあるとは察しているのかもしれない。
車内でも深いことは聞いてこなかった。琳と同じく、深入りして私が傷つくと思っての判断だと私は解釈している。
……なんでこんなに優しいんだろう。ついさっきまでお互いの存在すらわからなかった関係なのに。
私は少し悩んだ。逡巡した。ぐるぐると回る思考回路。
悩んだ末に。
「……し、時雨さんっ、強力粉で何か作るんですか?」
私は一歩前に出てみることにした。
琳は呼び捨てをしていたが、あの人たちは呼び捨てできるほどの関係を築いている。私がいきなりそれになるのは無理だ。というか私がやだ。なんておこがましい。恥を知れ。
藤村先輩もとい、時雨さんは一瞬目を瞬かせて驚いていたが、すぐに切れ長の目元を柔らかくさせて微笑む。
あまりの綺麗さに凝視してしまった。イケメンってすごい、微笑みだけで相手の行動を制御できるのか。とんでもないスキルだ。
「……パン作り好きなんだよ。それで、強力粉が欲しくてな」
「パンまで作れるんですか……時雨さんなんでも出来ますね」
「なんでもは出来ねえよ。出来ないことを出来るように努力しただけだ」
「それを当たり前に出来ることがすごいですよ、尊敬します」
「よせよ、俺はそんな大した人間じゃねえから。ただの高校生だ」
ぽつぽつとゆっくりと話した。
……時雨さんはやっぱり、お母さんを思い出す。
私の母親は晴れの空のようにからっと、そしてさっぱりしていて豪快な人だから時雨さんとはどこか違うし、そもそも家事能力はお世辞にも高くない。ただ、子どもとお父さんを心の底から大事にしていた強い母。
少しだけセンチメンタルになってしまった。マザコンかよ、私。切り替えよう。
————その後、琳が蜜がたっぷり詰まってそうな赤いリンゴを嬉しそうに持ってきて、ああリンゴが好きなんだなぁと思ったところで買い物は終了。
会計を済ませ、持参したエコバッグに購入品を詰め、終了したことを能登さんに連絡。
何やら紙袋を腕からぶら下げたご満悦な表情の能登さんと合流し私たちは帰寮————の前に。
帰り際、能登さんがドライブスルーでハンバーガーをご馳走してくれたのだ。全員分を相変わらずのゆるい笑顔で奢ってくれるはなんだかかっこよかった。
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