第37話 いつも通りに君はいない その三
桜が散って、藤の花が咲いた。
俺達のバンドも、キーボードが加入して音の厚みと安定感が増した。
2月のライブハウスデビューから、3ヶ月近く間が空いてしまうが。
曲作りと総合力アップを目指して、そこは焦らないことにした。
「ライラ、その子、誰?」
「おんなしクラスの子、カナちゃんです!」
「
「「「はい、はい、よろやる!」」」
「何ですか!それ!」
「よろしく、してやるって?」
「で、何を宜しくするの?」
「バンド、入る?」
「「「常時、募集中!サンバダンサー!」」」
「嘘だから!カナちゃん!嘘だから!ひとりじゃ、来ずらいじゃあ無いですか?ここ!女子、一人じゃ!」
「オオカミの、巣穴にってことね!」
「そこまでじゃ、ないすけど。私、暇してたから。それに、ノゾキ先輩カッコいいって言うから!見に来ました!」
「誰が?誰を?カッコイィって?」
「「すっごぃ!食い付き!」」
「ライラちゃんが、ノゾキ先輩を、カッコイイって!」
「で!どうだい、俺、カッコイイ?」 「う〜ん、カッコイイッス!デモ、好みじゃないかな?バカっぽいし!」
「ン、だ!それ、本人、目の前で言う台詞じゃねぇ!」
「「当たっちゃいるね!見る目あるわ!この子!!」」
「チッ、嬉しそうに言いやがって!でも、ライラは、俺、カッコイイって?」
「はい!カッコイイッス!でも、私、カノミー先輩一筋だから!」
「「「えっ?百合系なの?」」」
「それじゃ、無いです!カノミー先輩、すっごく美人で、手足長くて、スタイル抜群じゃないですか、憧れますよ!」
「でもッ!ペッタン尻でかじゃん!」
「「「「そぉ言う、ところだ(です)!!」」」」
「「「「ノゾキヤロー(先輩)!!」」」」
「ふっへっ!」
マー君から電話があった日、夢を見た。
ひどく懐かしく、私にとっては文字通り酷い夢だった。
もう、思い出すこともなかった。
遠くなった記憶だと思っていた。
保育園時代の記憶!
一人一人の顔は明確では無い、誰であるかはどうでも良くなっていた。皆んなに嫌われているんだと、友だちじゃあ無いんだと、そう知らされて。
お母さんも、お父さんも、お兄ちゃんも!
私が大好きで!
一番可愛いって言ってくれるのに!
皆んなは、違う!
そんなことも、分からなかったんだ!
そう思ったら、恐くなって俯いたままで涙が出てきた。マー君が、その時、助けてくれた。
何て、言ってくれたか聞こえなかった。
夢の中でも、私が見ていたのはマー君の背中だけ。安心をくれる、その背中だけ。
目が覚めて、私は、呟く。
「嫌いになれる訳、ないじゃない!何時も、頼りにしていたあの子を」
「何時も、追いかけていた、あの背中を!」
でも、今の私には、替わるものがない!
マー君には捨てられた。
完全にではないけど。
今、ミー君は頼れない、頼りたくない!
私が、ミー君を守るんだ。
どんな、遠くなったってミー君を守ってあげるんだ!
だから、きっと、だから、マー君は自分の代わりに私を守れる男と付き合えと言うのだろう。
でも、それに従ったら、私は、そういう女になってしまう。そういう女は、男達を弄び利用する、使う女だ!
そのくせ、男がいつも周りに居ないと何も出来ない。男を支配しているつもりでも、本当は、依存して中毒になっちゃているんだ。
私は、絶対に、そういう女には、ならない!
苦しくても、淋しくても、ミー君を見つけてしまった代償だから!
マー君に、本物の愛をあげられない事の償いだから!
私は、耐えなければいけない。
そして、如何しても耐えきれない時は、ミー君に会いに行こう!
ミー君を、また、傷付けてしまうだろうけど。二人で、一緒に乗り越えられると信じて!
ミー君が、一人で抱えないように気を付ければ、きっと、うまく行く。
でも、それは本当に最後の手段だ。
今、眠りについたばかりの、行方知れずの王子様は眠りの森の中で、安らかな寝息を立てているに違いない。
そのままに、眠らせて傷口が塞がるように、しなければならない。
そうしないと、傷痕から何度も血が溢れてしまう。私を見る度、傷痕に血が滲むのを、私が見たくないから。
会えなくても、心の中には何時だって君が居るんだ。きっと、君の心の中には私が居座り続けているんだ!
私には分かる。
今なら分かる。
君は、気付いていないんだろうな?
私が、こんなに、君が好きで!
君のために、君が望んでないかも知れないものを守っているんだ!
本当に、我ながら可愛い女の子だよ!知らないこととは言え、こんな可愛い女の子を放って置くだなんてどんな天罰が降るのやら?
君の事が、心配でたまらない!
でも、時間を掛ければかけた分だけ幸せの貯金が貯まるんだ。
ただでさえ、君は私の
何年も、思いが募りに募ったら爆発しちゃうのかな?“ドカ〜ン”って!
バラバラになった君を、一から組み上げていくのも面白いかも知れないね!
そんな日が、すぐに来ないのは分かっている。
でも、滅茶滅茶遠い訳でもない筈だ。
少しばかりの淋しさに日和って、そういう女になって、別の男を頼って本当に淋しい女になったりは絶対にしないんだ!
私は、強くなるんだ。
強くなって!ミー君を守ってあげるんだ。
何度だって、誓うんだ、私の王子様に!
そして、言うんだ!
貴方の女騎士は、こんなにも強くて、賢くて、我慢強く!
貴方の目覚めを、待っていましたって。
もう直ぐに、夏がやってくる。紫陽花の花の時期になった。
去年の、忌まわしく!狂おしく!苦々しい日々!
その始まった季節が、やって来る。
そして、その香りが雨上がりの匂いが、俺の心を浮き立たせる。もしや、彼の子が戻ってくれるのかと?
どうしたって、有り得ない未来を夢見てしまう。それほどには、あの子と一緒に過ごした時間は楽しく宝石のように煌めいていた。
もう、二度と手にすることは、叶わないのか?だとしたところで、諦められるはずも無い。俺は、やるせ無いため息を吐き、雨上がりの空を見上げる。
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