第22話 行方知れずの王子様
地域交流会に向けて、俺達は音合わせをしていた。
その練習スタジオを、格安でお借りしている。確実に、良くなっていると思うのだが菓美は納得しない。
「野曽木君、歌に集中は良いけど、運指が遅れて音がブレブレじゃん」
「小俣君、余計なオカズ入れ過ぎ!」
「一寸さん、ベースが音割れして、どーすんのよ!」
「弦をちゃんと、押さえて」
「いっ、イエスッサー、マム」
「あんた達、ワタシナメてると、ぶつわよ!」
「イエスッサー、マム」
練習の合間に、バンドの名前を決める事にした。
「サンバ・カメンズは、有り?無し?どっち?」
「センスの欠片も無いわ〜!でも、あんた達のことだと丸分かりは悪くないかな?」
「ん、じゃさ、カノミー・ウィズ・サンバ・カメンズは?」
「まんま、じゃん、センスの欠片も無い!で、あんた達、サンバ、やんの?」
「やんねー、太鼓、入ったけど!」
「真夏のイメージ!カノミー、ビキニでドラム叩く?」
「ワッ!それ良い!」
「やろうぜ、それ!」
「フェッ、やるわけ無いでしょ〜」
「でも、動きやすいぜ、ビキニ」
「この、馬鹿!」
「いっ、いって〜、痛いって!」
「スティックで、叩くのはドラムだけにしろ〜って」
ノゾキヤローをカノミーが、ドラムスティックを持って、真っ赤な顔して追いかけてる。取り敢えず、バンド名は、カノミー・ウィズ・サンバ・カメンズ(仮)になった。
和君には、交流会への参加が決まって直ぐに。カイタローから、寧子とガッコを誘って交流会に来てくれるように、お願いした。
和君は!
「任せとけって!」
と二つ返事で応えてくれたらしい。
俺は、他人に頼むばっかりで、何にも出来ない自分にガッカリしていた。
仮に、ガッコがピアスに気付いてくれたにしても。
俺は、二人の前に顔を出せる訳もない。
拓磨を捕まえて、殴りつける度量も気概も持ち合わせていない。
男として、どーなんだ?
と言われたら、ひたすら、謝るしかない。
好きな女を、譲られながら譲られた相手に寝取られる。
何のこっちゃ、訳わからん?
俺を、揶揄うにしても、酷すぎる!
あんな男を、信頼し俺に出来ない凄いことする偉い奴と尊敬までして、このざまだ。
そんな男、の女になった初恋の人を恨むことも出来ないで。
俺は、お前のことを、ずっと!
友達だと思ってるよって!
アピールするんだ!
どんだけ、馬鹿なのか?
本当、底無しだ〜!
友達に戻った所で、二人で会える訳もないし。
目の前で、キスした二人の姿がずっと忘れられずにいる。
ガッコに、会ったとして何を話せと言うんだ。
「やぁ、久しぶりだ俺を手ひどく蹴りつけてくれた!愛しの彼は元気かい?」
「夕べは、二人でお楽しみかい?」
そんなことが言いたい訳じゃない、
でも、隠し切れないものが、溢れてくる。
俺は、自分を胡麻化そうとしていた。
ガッコは、実は本気で拓磨に抱かれようとは考えて無くて、俺がグズだったせいで拓磨に奪われた!
と思いたかった。
ガッコが拓磨の女になったのは、俺のせいで
と思いたかった。
でも、それは間違いだ!
ガッコは、望んで彼奴に体を開いた。
俺の願いは聞かないくせに!
彼奴のために、俺に言った!
請うた!
私の大事な男を傷つけないでと!
なーんだ、俺は十二分に、ガッコに傷つけられていたんじゃないか。
私は、寧子と和君に連れられて懐かしい小学校の体育館に来ていた。
ほんの4、5年前は、この体育館や隣の校舎、校庭で、ミー君やマー君と楽しく過ごしていたんだ。
本当に、遠い昔にあった事みたいだ。
周りの景色は、変わらないのに隣に居て欲しい人達も変わっていないのに。
私の、隣に二人足りない。
「こんな小さな町なのに、結構、サークルあるんだね!」
と寧子が言う。
今、ステージでは、小学生位の男女数人と一人のお爺さんが古武道の演武をしている。
このあと、詩吟会の吟詠、民謡保存会の歌謡と踊りそのあとが、ミー君達のバンドの演奏だ。
「詩吟は、たりーな。外で焼きそば、屋台やってたよな!」
「屋台じゃ無いよ、PTA有志のサービスだって」
「それって、早い者勝ちじゃね、食いに行こうぜ!」
私たちは、体育館を出て玄関前の駐車スペースの角のテントで配っている焼きそばと麦茶を貰った。
校庭の隅にある、遊具、三つ並んだブランコに寧子を真ん中にして、それぞれ腰かけた。校庭を、小さい子たちが追いかけっこして駆け回る声が響いていた。
貰った、焼きそばと麦茶を食べ終えて、体育館に戻る途中で、中学の後輩に声を掛けられたコーラス部の子達だ。
彼女達は、午前中に出番が終わったそうだ。
拓磨さんは、一緒じゃ無いんですか?
と聞かれたが、
「マー君は、勉強が忙しいから」
と答えた。
乾きかけの、すり傷の痕がヒリヒリと疼いた。
「カノミー・ウィズ・サンバ・カメンズだって!」
「変な名前ね、まっ、ミー君らしいかな?でも、カノミーって誰?」
「聞いた事ないけど、人の名前かなぁ?」
「和君、知らないんだ」
「カイタロー、何も言ってなかった、彼奴らサンバやんの?何人で、やんのかなぁ〜!サンバダンサーいるのかな?」
「フラの人は、みた気がするけど」
「えっ!いたんだ、フラのヒト?」
ミー君達が、ステージに上がり、野曽木君がマイクパフォーマンスを始めた。
「あっ、アー聞こえます?後ろの人?こんにちは!カノミー・ウィズ・サンバ・カメンズです!ちなみ〜、サンバはやりません」「俺達は“ロッカー”だぁ!」
いきなり、演奏が始まった。
誰でも知っている、有名なグループの超有名な曲のコピーだった。
ドラムは、知らない女の子が叩いていた。
ミー君は、ステージの右端で、小さい身体を屈める様にしながらベースギターを弾いている。
こっち見ないかな、と、思っていると。
少しだけ顔をあげ、ボーカルの野曽木君を見る様な素振りで右側を向いた。
あっ、私には見えた、
ミー君の左耳にキラリと光るピアス?
私は、目を凝らしてミー君を見る!
ミー君が振り向く、右耳には無い!
私は、理解した解ってしまったステージには、私だけの王子様がいない事!
今、ステージにいるのは、傷つき痛んだ心を抱えて、それでも友だち(わたし)の決めた事を認めて祝ってくれる男の子。
私じゃ無く、マー君の女を許したのね!
二度と、会わないで済むかも知れない、そういう女を!
私は、どうやら行方知れずになってしまった、王子様を待たないといけないらしい。
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