「腐女子ってどう思う?」

 僕は箭内に、相当な勇気を持って聞いてみた。

「ああ、別に良いんじゃない」

 箭内はあっさりと答えた。

「人の趣味にどうこう言える立場じゃないから、俺はさ。まあ知り合いにはすごい嫌ってる人もいるけど」

 やっぱりそういう人もいるのか。

「嫌ってる人は、何が嫌なの?」

 昇が昼食の焼きそばパンを口に含みながら訊く。

「うーん、多分単純に、女子がおかずにされて嫌なのと同じなんじゃね? 本人に聞いたわけじゃないけどさ」

 君たちも妄想のネタにされてたよ、とはとても言えず、僕は黙ってツナサンドを食べた。

「まあでも若い人ほどあんまそういうの気にしてない感じかなあ。そういう漫画、実際に俺も読むし」

「読むのかよ」

 昇が半笑いで突っ込む。

「ほとんどありえねーって展開のばっかりだけどな、ときどき結構良いのもあるんだよ」

 僕の頭の中に、いくつか漫画のタイトルが浮かんだ。箭内もそれを読んでるだろうか?

「あれは読んだ? 『空想少年』」

 気がついたら聞いてしまっていた。最近そういう話をすっかりしなくなったから、誰かと共有したかったんだと思う。

「え、何朗そういうのも読むの?」

 昇が笑った。「どんだけ守備範囲広いんだよ」

「中学の親友、女子なんだけどさ、そいつが無理やり僕に読ませてきたんだよ」

「あれかあ、あれは結構好きだったなあ。展開が自然だったな」

 僕は久しぶりにそういう話ができるのが嬉しくなってしまった。

「そうそう、展開がすごい良いよね」

「二人が付き合うまでの流れが良くできてるんだよな。何気ないとこがちゃんと伏線になってて、あとから読むとああ、ってなるんだよな」

「そうそう、保健室でのやりとりとかが読み返すとちゃんと効いてるんだよね」

「あーあのやりとりはな、泣けるな」

「なんだよ二人で盛り上がってさー」

 昇が拗ねると、

「貸してやろうか?」

 と箭内が言った。

 昇はしばらく考えて、

「……いや、いいわ」

 と言った。まあ、そりゃそうか。

「まああとやっぱ学生同士の話だから、身近に感じたってのはあるなあ」

 さらりと言ったその言葉が、僕には衝撃だった。そうか、箭内にとってはあれはファンタジーじゃなくて、もっとリアリティのあるものなのか。僕は箭内と同じ漫画について話していたはずなのに、全く噛み合っていなかったのではないかという気持ちになった。そんな僕の衝撃を他所に、箭内は話を続けた。

「じゃああれ読んだ? 『ハッピーエンディング』」

「読んだ!」

 好きだった漫画だ。後半ほとんどずっとけど。

「あれはエロかったわ、何度も使ったよ」

 僕は再び何も言えなくなってしまった。そうか、やっぱりそういうものなのか。そうだよね、エロかったよね、と言う訳にもいかず、僕は他の漫画の話題を持ち出して誤魔化した。昇はずっと蚊帳の外だった。

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