「土井×箭内かな」

 今度はオレンジジュースとメロンソーダを混ぜている。絶対に美味しくないと思うのだけれど、雪穂は平然とそれを飲んでいる。

「やっぱり野球部は攻めって感じだよね、あくまであたしの中ではだけど」

「僕の友人でカップリングするのやめてくれない?」

「ああ、でも純朴受けの可能性もあるのか……高校球児だもんね……まだまだあたしの知らない世界が……」

「だからさあ」

「やっぱり写真か何か見ないと妄想が捗らない。無いの? 写真」

 この友人の妄想の餌食にするために写真を提供するなんてごめんだった。それに、男子は女子みたいにぱしゃぱしゃ写真なんて撮らない。それを伝えると、

「それもそっか」

 とあっさり引き下がる。

「ああ、でも箭内は空手の経験者だって」

「えっ!?」

 雪穂の目の色が変わった。

「体育の着替えの時腹筋バキバキだったから聞いたら、中学まで空手やってたんだって言ってた。今やってるのかはわからないけど」

「空手と野球……どっちが攻め度高いかな……」

 不気味な色の液体をかき混ぜる雪穂を見ながら、その着替えのときのことを思い返していた。

 初の体育の授業。着替えのときから明らかに不穏な空気が漂っていた。クラスが明らかに箭内のことを意識していた。

「要するに女子の着替えに一人紛れ込んでるみたいな感じだろ?」

 と言ったのは、サッカー部の部員だった。明らかに箭内に対しての発言だった。

「羨ましいなあ。だからわざわざ男子校選んだのかもな」

 周りの部員たちが乗じて下品な笑いをあげる。男子校だろうが共学だろうが着替えの時は男子だけなのは変わらないじゃないか、と思ったけれど、それが何の擁護にもならないと気づいたので僕は黙っていた。箭内は何も言わずに服を脱いだ。当のサッカー部員の体が霞むような肉体が晒された。膨らんだ胸、八つに割れた腹筋、膨らんだ僧帽筋に、がっしりとした肩周り。ズボンも下ろす。膨らんだ太もも。その肉体に気圧されるように、思わず皆が黙り込んだ。箭内はそんな視線を全く気にせずさっさと体操着を着ると、いち早く教室を後にした。

「オナニーでもしにいったんじゃねえの。俺らの裸でさ」

 負け惜しみのようなサッカー部員の声が響いた。

 その後の体育の準備運動でも、箭内に密着するのを嫌がったのか一緒に組む生徒がいなかった。昇が駆けつけて一緒に組んでいた。僕にはできないと思った。

「土井ってさあ、すげえ箭内とつるんでるけど、あいつもホモなの?」

 僕と組んだ帰宅部の冴えない男子が訊いてきた。

 やっぱりそういう目で見られてるんだ。

「違うと思うよ、のぼ、土井くん、中学で彼女いたらしいし。この間も、野球部の友達と合コン行ってたもん」

「ふーん。じゃあお前は?」

「え?」

「お前もつるんでるじゃん。気持ち悪くないの? ホモだよ? 自分のことそういう目で見てるかもって思ったらぞっとしない?」

 なぜこの帰宅部の冴えないオタクは、自分がそういう目で見られると思えるんだろう。その自信がどこから湧いてくるのか不思議だった。女が相手だったら絶対にそんなこと思わない癖に。

「気持ち悪くないよ、普通のヤツだよ、箭内は」

 そこまで思い出し、昇のことをホモだと言ったオタクと、目の前の妄想を繰り広げる雪穂と、何が違うのだろうと思ってしまった。

「やめようよ」

 僕は言った。思ったより大きな声が出た。

「僕の友達で妄想するのはさ」

 雪穂はしばらく目を大きくしてこちらを見ていたが、やがて視線を下げて、

「そうだよね、ごめん」

 と素直に謝った。

 分かってる。雪穂とあいつは違う。雪穂には別に悪意はない。第一本気じゃない。「あくまでファンタジー」って、いつも言ってるじゃないか。雪穂は箭内も昇も見たことがない。想像上の人物と同じだ。漫画のキャラクターをカップリングさせるのと、雪穂の中では大差ないのだ。

 僕は自分が神経過敏になっているのだろうかと思った。目に見えて向けられたあの悪意に、自分の心がささくれ立っているだけだろうか。

 けれど。悪意がなければいいのだろうか。悪意なく昇までホモにされて——。

 僕はひっと小さく息を吸った。頭の芯がいきなり冷える感覚だった。

「帰る」

 そう言って鞄を取り、自分の支払いより遥かに多い千円札を机の上に置くと、雪穂の方を見ないようにファミレスを後にした。

 家までの道のりはずっと下を向いて、自分の足が一歩ずつ前に進んで行くのを無心に見つめていたけれど、頭の中は回転を止めてはくれなかった。

 僕は何に怒ったのだろう。

 昇までホモにされたから怒ったんだ。

 つまりそれって。

 

 僕は家に着くとそのままベッドに直行した。僕は難しく考えすぎているのか? スマホに連絡があった。雪穂からだった。『ごめんなさい』。

 雪穂に怒ったからじゃないんだ、そう返事しようと思ったけれど、手が動かなかった。返事は明日でいい。

 ヌこう。僕はそう唐突に思い立って、デスクトップのパソコンを立ち上げた。キーボードと、小さな鍵盤が接続されている。

 僕はあまり性欲の強い方ではない。よく中高生は一日に何回もオナニーするとか言うけれど、僕は一週間くらいヌかなくても平気だったりする。だけれど試験のときとか、受験のときとか、何か脳に負荷がかかると、リフレッシュさせるために射精をする。

 ブックマークに入れてあるエロサイトに飛ぶ。海外のサイトはウイルスとかが怖いから、日本のサイトにしかいかない。

『あなたは18歳以上ですか?』

 ——はい。

 クリック一つで接続される。目の前では女の人が、裸だったり服を着ていたりするパッケージの写真がずらりと並んでいる。毎度のことだが、何かとても悪いことをしている気分になる。僕は思ってしまう。雪穂が妄想するのと、僕が今からしようとしていることは、何か違いがあるのだろうか。それを考えるのをやめようとこのサイトにアクセスしたのに、これでは意味がないと思い、僕は考えるのをやめる。今まで何度もお世話になった、アイドルグループの女の子に似ているという触れ込みのパッケージをクリックする。女の子はそのアイドルグループを模して制服風の衣装を着ている。勿論クレジットカードなんて持っていないから、本物を買うことはできない。だけれど便利なもので、こういうサイトにはサンプル動画というものがある。このサイトの良いところは、サンプル動画で十分すぎるほどにエッチなシーンを見せてくれることだ。

 何度も見た『sample2』をクリックする。女の子が上目遣いでこちらを見ている。その眼前にはモザイクのかかった太い何かがある。僕の股間からも同じものが生えている。女の子はちょっとぶっ飛んだ目をしてそれを見つめる。鼻を寄せ、においを嗅ぎ、それへの感想を述べる。「おっきい」。そう、確かにそれは大きい。モザイク越しでも分かる大きさだ。僕は自分のそれを扱きはじめる。画面上よりもだいぶ小さいそれを。女の子は上目遣いで許可を求めている。「ねえ、もうしゃぶってもいい? 私、我慢できない」。男は声を出さない。女の子の後頭部を大きな手で掴むと、優しい手つきでそれへと導く。女の子はかすかに上擦った声をあげて、とてもおいしそうにそれを口に含む。僕の股間をしごく手が早くなる。女の子はそれに吸い付いているせいで間抜けにも見える顔をしている。わざとらしくしゃぶる音が、マイクで大きく拾われる。その音が僕を興奮させる。しばらく女の子は頭を前後に動かしてそれをしゃぶっている。僕はそれに合わせて手を動かす。やがて女の子が口を離す。口とそれの間に、よだれなのか他のものなのかわからない糸が引かれている。ぷはあ、と呼吸をし、「おいしい」と女の子は言う。僕はそこで果てる。

 僕は射精の直前に先端に当てたティッシュをゆっくりと取り除いた。溜まっていた精子がたっぷりと注がれていた。それから少ししたところで、サンプル動画は終わっていた。実際に出すシーンは見たことがない。本物のシーンはどれだけ興奮するんだろうか。その気になって探せば、多分ネットにいくらでも転がっているだろうけれど、僕はそれをしたことが無かった。

 僕はいつもフェラチオのシーンばかり使っていた。実際の行為のシーンは、あまり見ても興奮しなかった。久しぶりの射精に、ぐったりとした虚脱感が襲ってきて、お風呂も明日の朝でいい、と僕はとりあえず制服だけ着替えるとそのまま眠ってしまった。

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