「結局、僕も差別してるってことなのかな」

 いつものファミレスで、目の前には雪穂がいる。今日は混じりっけなしのカルピスだ。あの後雪穂にどう返信すれば良いか分からず、直接話した方が良いと思って呼び出した。僕は自分が怒ってはいないことと、あの時の感覚を素直に雪穂に話した。

「例えばさ」

 雪穂はカルピスをストローでかき混ぜている。

「帰宅部の、気の弱い男子高校生が主人公。いろんなことに興味があるけど、どれか一つに絞ることができないのが悩みなの。クラスに馴染めなくて、いつもお昼は一人で食べてる」

 突然話し出した雪穂についていけず、僕は顔を上げた。雪穂は渦を巻くカルピスに視線を落とし、その唇から話し続ける。

「同じクラスに、自己紹介でゲイだって言って孤立している男子生徒がいる。彼は空手をやっててイケメンで、いかにも攻めって感じの男子生徒」

 箭内のことだ。それがわかると、雪穂の話が飲み込めた。話の主人公は僕だ。少し、現実とは違うけれど。

「そこにもう一人野球部の子が登場。この子は彼女がいて、誰にでも気が使える優しい子。クラスで浮いている二人は席が前後だったから、うまくすれば二人が仲良くなれるんじゃないかと考えた。そうすれば、クラスで孤立している人がいなくなる。野球部くんは友達が多くて話術に長けてたから、自然な感じで攻めの子に話しかけた。その二人の会話を聞いていて、受けの主人公も興味をそそられた。元々受けの子、主人公は、攻めの子がどんな子なのか興味があったから。主人公は二人の会話に割り込んだ」

 そう、それはほとんど事実に近い。でも多分、

「そして三人は仲良くなった。親しい関係になるうちに、主人公は攻めの子に惹かれ始めていることに気づいた。体育の着替えのときに見える逞しい体とか、ふとしたときに見せる、多分ゲイだから味わってきた苦悩の表情とか、そういうものに見惚れるようになっていた」

 雪穂はかき混ぜるのをやめても回り続けるカルピスを見つめている。

「でも主人公は自分に自信が持てなかった。告白しても受け入れてもらえないかもしれない。攻めの子はゲイだけど、自分のことをきっと友達としてしか見てないだろうと思う」

「……結末はどうなるの?」

「ハッピーエンド。実は攻めも受けに、最初から惹かれていて、でも言い出すことができなかった。野球部の子は最初から全部わかってたってわけ。二人が仲良く手をつないでキスをして話は終わり」

 結局雪穂は飲まずにカルピスを置いた。

「どう? ごめんね、また妄想してみた。ゲイにさせられた気分は?」

「どう、って……」

「嫌じゃない?」

「うん、そうだね、まあ」

「だったら差別してないんじゃない? 多分、普通の人は嫌がるよ」

 結局雪穂はカルピスを飲んだ。一気に。

「多分この前朗が怒ったのは、やっぱり友達を妄想に使われたからっていう、単純にそれだけの理由だよ。あたしが悪かった。ごめんなさい」

 雪穂は頭を下げた。つむじがこちらを向いている。

「まあ、僕に謝られてもね。二人に謝れとも言えないけどさ」

「怒ってない?」

「うん、もう怒ってないよ。それに多分、二人も気にしないと思う」

 そう言って先日、BL漫画について話したことを言った。

「BL読んでるって言っちゃうって、結構度胸あるね」

「誰のせいだよ」

 僕は半笑いで突っ込む。雪穂も少し笑った。

「でもやっぱりゲイの人で怒ってる人もいるんだ」

「まあでもそれはさ、女子も同じような目に遭ってるじゃない。そう箭内も言ってたよ」

 雪穂はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。

「なんか、弱肉強食みたい」

 僕が意味が分からないでいると、

「強者の異性愛者の男性が女性を食い物にして、女性がマイノリティのゲイの男性を食い物にする、みたいな」

 と雪穂は続けた。

 僕は先日の自慰行為を思い出していた。弱肉強食。ずらりと並べられた女性たちのパッケージ。そのサイクルから抜け出すにはどうしたら良いのだろう?

 お互い黙り込んでいると、周囲の音が良く聞こえた。家族連れの赤ちゃんの泣き叫ぶ声、同じ学生の集団の黄色い声、店員を呼び出す電子音、扉が開いたベルの音、カップルの囁き合う声。厨房で皿を派手に落とす音が響くと、雪穂は、

「好きなものは好きだからしょうがない、って、よく言ったもんだよね」

 と言った。

 そのあと雪穂は僕に映画を見に行かないかと誘った。最近話題のアニメ映画だった。僕が好きな作曲家の人がBGMを担当していて、丁度観たいと思っていたものだったので、僕に断る理由は無かった。

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