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「そういえばさ、DTMって、何?」
初めての数学の授業は、ほとんどが教師の自己紹介で終わった。その後の休み時間、隣の土井くんが僕に聞いてきた。あの誰も聞いていないと思われた自己紹介で、自分が最近興味を持っていると言って挙げたものだった。その素朴な疑問を受けて、そうか、その説明をしないと意味が分かってもらえない、と僕は失敗を悟った。と同時に、しっかりとそれを聞いていてくれた人がいたことが嬉しかった。
「ええと、デスクトップ・ミュージックの略で、まあ簡単に言うと、パソコンを使って曲を作ったりすることなんだけど。あの、初音ミクとか、あんな感じの」
「えっ何、朗って作曲すんの!?すげー」
もう名前を呼び捨てだ。距離の詰め方がすごい。だけれど不快じゃなかった。
「なあ紡、朗って作曲するらしいよ、すごくね?」
本を読んでいるだろう箭内くんに土井くんが言う。
「ちょっと、箭内くん本読んでるみたいだから」
「別にいいよ」
箭内くんが振り向いた。
「いや、それにまだほんと、全然曲作ったりなんてできてないよ。僕、楽器とかしたことないから」
「楽器できないのに作曲なんてできんの?」
「DTMだと全部パソコンの画面上で作業できるから、全く楽器できなくても、その気になれば。実際、最近はそういう作曲家の人とかもちらほらいるし、ネットだとかなりいるんじゃないかな。もちろん鍵盤くらい叩けるようになる必要はあるんだけど。それで今はいろんな曲がどういう風にできてるのかなってのを勉強してるとこ。耳コピって知ってる? 曲を聴き取って再現するんだよ」
「ほえー」
「まあ別にそれで作曲家になりたいとかそんなんじゃなくて、まだほんと、好きな曲を再現して楽しんでる段階で。受験勉強終わってから始めたばっかりだから」
「それで本も結構読むんだろ?」
これも自己紹介で言ったことだ。
「本は受験の気晴らしで読んでたなあ。ほとんどミステリだったけど。多分本は箭内くんの方が全然詳しいんじゃないかな」
「別に俺もそんなだよ」
「僕なんて外国の作家の小説は全然読めなくて。登場人物の名前が覚えられないんだ」
「ああ! それ分かる。俺ハリーポッターでもこんがらがったから」
昇が言った。
「いきなりロナウドって出てきて、誰だよそいつって登場人物表見ても載ってなくて、意味わからずにしばらく読んでたらロンだったの」
「土井はロシア文学は読めないな」
箭内くんが苦笑した。
「なんで?」
「ロシア語は人の名前がすごい変化するんだよ。同じ人なのに呼び方が五通りあったりする。それに名前も何とかコフとか何とかスキーとかばっかりだし」
「げえ」
土井くんは顔をしかめる。僕は言った。
「ロシア文学読むんだ。すごいね、ドストエフスキー?」
「『カラマーゾフ』読んで挫折した。さすがにまだ早かったかな。『地下室の手記』は面白かったけど。そんなに登場人物も多くないし、短いし。太宰の『人間失格』よりは共感できた。俺不思議なんだよな、なんで『人間失格』の主人公ってあんなモテるんだろう? どう考えてもダメ人間なのに」
「ああ、それ分かるかも。なんか、特に文学の主人公って妙にモテるよね。どこが魅力なのか良くわかんないのに、いつの間にかくっついてたりして」
「なんか、ラノベみたいな話だな」
土井くんの言葉に、箭内くんは笑った。
「真面目なやつが聞いたら激怒するな」
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