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帰宅して、教科書の詰まった重たい紙袋を机の上に置く。その脇に、雪穂から借りた漫画があった。僕はまだサイズの合わない制服のまま、その漫画を手にとってベッドに寝転ぶ。
それは有名な少年漫画の二次創作で、バスケ部の話だ。ぱっと見、公式の漫画のようにも見えるそれはアンソロジーと呼ばれているものらしく、何人もの短い漫画がたくさん収録されていた。雪穂も、最初は間違ってこういった漫画を購入したらしい。本屋によっては、公式の漫画の近くに置いてあることがあるそうだ。公式に出ているファンブックの類だと思って買ったら、「そんなこと」ばかりしている漫画だらけで、雪穂がどれだけ驚いたかは想像に難くない。どうだろう、普通の女子だったらそれに拒否反応を示すものなのだろうか。雪穂は逆だった。どっぷりとその世界にハマってしまった。それまで、雪穂は別にオタクではなかった。バレー部に入っていて、友達もたくさんいた。だけれどこれに夢中になった雪穂は、なんとこれを友人たちに「布教」した。もちろん全員がハマった訳ではない。だけれども、基本女子は「こういうもの」が好きなようだった。結果、うちの中学では公然とそういう漫画の貸し借りが行われるようになった。やがて、雪穂は僕にまで「布教」してきた。いたずら半分だったのだと思う。僕はそれを読み、特に何か嫌悪感とか、不快感とかを覚えない自分に驚いた。漫画の上で行われる行為は、確かに男性同士だったけれど、女性が描くだけあって美化されていて、生々しさみたいなものに欠けていた。僕が平然としていると、雪穂はどんどん僕に漫画を貸してきた。自分に姉がいて少女漫画を嗜んでいたことも影響しているのか、そういった漫画の中でもストーリーに重きを置いたものなど、感動するものさえあった。だんだん自分の中でも、例えば漫画を読んでいるときに、「こいつは攻めだな」とか、「こいつは受け」と考えるようになっていた。女子とそんな話で盛り上がることが多くなり、気がつけば友人が女子だらけになっていた。冴えない自分が女子と話しているのが不思議なのだろう、「お前いっつも女子と何話してんの?」と、運動部の男子に訊かれることがよくあった。ごまかすのに苦労した。確かに女子はそういった漫画の貸し借りを「公然と」行っていたが、それはあくまで女子の中だけで、男子には知られたくないことに違いなかった。「漫画の話だよ」とだけ言ってその場を立ち去るのがいつものやり方だった。
そう、あくまで漫画の話なのだ。僕はバスケのユニフォームを着たまま行為に及ぶ二人の漫画を平然と読みながら考える。
この漫画で描かれる行為を、実際に行っている人がいて、それが同じクラスの前の席に座っているだなんて、やっぱりどうしても思えなかった。
それともそれは、僕が童貞だからかもしれない。男同士以前に、男女で及ぶそういう行為だって、脳内で考えたりしても、いつもどこかぼんやりして感じてしまう。インターネットにごろごろ転がるそういう動画を見て、確かに無性に高ぶるときもあるけれど、それが自分もいつかやることだと言われると、そんな馬鹿なという感じがしてしまう。
雪穂から借りた漫画では、二人が仲良く果てていた。僕はいつも思っているけれど決して雪穂に聞けない質問を思い浮かべる。
雪穂はこれで興奮するの?
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