第23話 黒野燕


 転移魔法の数日後。


 王都の宮殿付近に位置する建物の一室。

 鏡を見ると、異世界の学生服に身を包んだ自分の姿が映った。


 この世界では目を引く、黒髪に赤眼、クロノ家に特徴的な容姿だ。


 私はあるじと共に転移したあの日から黒野燕くろのつばめとして、日本で生きていくことを決めた。


 しかし、運命は再び、私をこの世界へと戻す選択をした。


 この世界に転移した瞬間、反射的に私は自分に魔法防壁を張った。

 エルゼの説明が始まると、洗脳魔法の存在を察し、クラスメイト達の反応から、それはすぐに確信に変わった。


 そして、今も尚、その効果は続いている様だ。


 あれはおそらく、祖の女神による無の魔法。

 それはユーコと同じものだろう。


 あの場を凌げたのは僥倖だった。


 ヴィスト卿は儀式自体にあまり興味を示していなかった様に見受けられた。

 それに加え、フォルが私の存在に疑念を抱き、睨みを利かせていたのは感じていた。このカラコンと属性変化がなければ、乗り切れなかったかもしれない。


 しかし、それに寄って、もう一つの問題が生まれた。


 私が持つ本来の魔法数は光だった。


 それが、雷に変化したことを踏まえると、ユーコが託した女神の加護はおそらく、無→?に変わっているのは確定的なものになる。


 無の魔法でなければ、転移やあれだけの大魔法から逃げる術は持ち合わせていないだろう。


 私は見す見す、一哉を見殺しにしてしまったかもしれない。


 あの場で強引にでも彼を連れ出し、逃げる算段を踏むべきだったか……。


 しかし、剣を持たない私ではあの場の実力者達を相手に逃げ切れる自信がなかった。


「…………ッ」


 あの時の選択を今もなお後悔している。

 蜘蛛の糸を掴む思いで、彼が生き延びた可能性に掛けるしかない。


 そして、私の身の上がバレるのも時間の問題だ。


 結果として魔力測定で目立ってしまった以上、集団の中でも一目置かれた戦力として計算されている。長いは不利になるだろう。


『ツェバル・フェン・クロノ』。


 これが私の本来の名だ。

 嘗ての名声が自身の行動を縛りつける。


 私の今の身分は、元祖の女神の護衛騎士にして剣聖。

 フェンの称号を持ちながら、その責務を放棄し、女神の国外逃亡に手を貸した国家反逆者といったところでしょう。


 捕まれば死刑は免れない。


「ここに私の居場所はない……」


 そして、私は次の日の夜、すぐに逃亡を決行する。


*


 私は微かに灯る王都グランティアの夜に身を潜め、見張りの目を搔い潜りながら、建物を脱出する。


 そして、懐かしき王都の裏道を使い、嘗ての自宅へ帰郷する。


 ――クロノ伯爵の館。


 一際立派な建物の柵を身軽に乗り越え、庭園の茂みへと身を隠した。


 ササッ――。


 私は部屋の明かりを確認し、スカートのポケットに隠したハサミを握る。


 メイドの一人が庭園へと近付いてきた瞬間、物陰から背後を取り、口元を抑えてハサミを首に付けつけた。


「――うううんんん!!」

「静かにして。言う通りにすれば、危害は加えない」


 メイドは恐怖のあまり首を縦に振り、涙を浮かべている。


 館に変化は見られない。


 メイドを茂みの奥に連れて行くと、そこには見知った顔が映っていた。


「もしかして、ラテ?」


 私が口元から手を放すと、メイドは怯えた様子でこちらを見つめた。


「ツェバルお嬢様……?」

「そうよ」

「どうして……」

「説明は後よ。先に答えて」

「……はい」

「今、この館には誰が居るの?」

「旦那様は不在です。奥様は寝室で就寝中とのことで……フォル様は祖の女神の護衛騎士ですので、宮殿内にいらっしゃいます」

「そう。都合がいいわ」


 私は軽い経緯を顔馴染みのラテに話し、協力を仰いだ。


「最後に全部、私に脅されてやったと伝えなさい。あなたに一切の罪は被せないわ」

「しかし、お嬢様は今後どうなさるおつもりですか?」

「私のことは気しなくていいから」

「……分かりました」


 ラテを館に戻すと、私は彼女の辿った道を忍ぶ様に室内に潜入し、過去の自室へと潜り込んだ。


「そのままになっているのね……」


 私が失踪してから数十年経った今でも自室は綺麗に掃除されており、その清潔さを保っていた。


 私は制服を脱ぎ捨て下着姿になると、ユーコに出会う前に食らった数々の刺傷痕が露わになる。度重なる戦闘で残った騎士の勲章。


「女子校生の体じゃないわね……」


 自分のクローゼットからより目立たない暗めの服とローブを羽織り、着替えを終えると、目的の場所へと向かう。


 ラテが暗い自室の扉を閉めると、か細い声で私を呼んでだ。


「こっちです」


 二人は物音を立てず、館の廊下を移動していく。


 そして、辿り着いたのは父の書斎の更に奥にある地下へと繋がる通路だ。


 ラテが鍵を開き、その地下室へと足を踏み入れる。


 私は机の上に置かれた箱に手を掛ける。


 厳重に保管されたその中身は、今もなお煌びやかにその存在を示していた。


 白色に気品のある装飾が施された鞘。

 国章の紋が刻まれた剣身。


 嘗ての私の愛刀。

 この国と同様の銘を持つ――聖剣グランティアだ。


「フォルに渡らなかったのね」

「お嬢様以降、誰もこの剣の鞘を抜けなかったと聞きます」


 名剣は主を選ぶと聞くが、ここまで我儘な剣も珍しい。

 この剣にとって、その資格がどんなものかすら判明されていない。


 私がグリップを握り、抜剣すると、その剣は再びその剣身を見せ、美しく輝いてみせた。


「まだ私に戦えと言うのね……」


 魔法を帯びた様に、聖剣は光を見せて、まるで私に相槌を打つ。

 

 剣を鞘に納め、腰に服と不相応な剣を収めると、私達は足早に地下室を後にした。


 私はローブを深く被り、館から抜け出すことに成功する。


 庭園に戻ると、木陰でラテが私に囁いた。


「お嬢様、これ少しですが……」


 彼女は私の身を案じ、少しの食事と金銭の入った小袋を手渡した。


「ラテ、ありがとう」

「お元気で」

「あなたもね」


 彼女に抱擁を交わすと、私は実家を後にし、再度、王都の暗闇に身を隠す。


 もう一つ、確認しなければならないことがある。


 辿り着いたのは王都最大の公園の奥に配置された慰霊碑の面前。

 

 勇者候補の教育課程で、出征した場合の生存率を聞き、すぐにその事実を確認しなければならないと思い、足を運んだ。


 『勇者候補』の名目。

 暗がりの中、石碑に刻まれた戦没者達の名前を目で追い続ける。


「…………」


 ない。

 彼女――の名前はどこにも刻まれていなかった。


 すると、背後から私と同様にローブで身を隠した一人の人物が、こちらに近付いてきた。


「あなも追悼を……?」


 透き通った女性の声。


「ええ」


 彼女の視線は慰霊碑に向かっている。

 遮られたローブの布が少しだけ風に揺られ、私はその顔を一瞥した。


 エレーナ様!?

 どうして、こんな所に……。


 私は悟られぬ様、辺りを警戒し、護衛の位置を伺う。

 慰霊碑の入口付近に一人、木陰に隠れる人影を察知する。


 どう見ても怪しい私を警戒せずに、こちらへと先行したのはエレーナ様の独断なのだろう。


 彼女はきっと私のことは覚えていないはず。

 

 私が最後に見たのは、まだ大人の足に隠れる程の小さな王女だった。

 その昔の面影で、一目にエレーナ姫だと理解した。


 『大きくなられた』と感慨深さと時代の流れを肌身に感じ、私は顔を隠したまま、その場を立ち去ろうとする。


「戦争、無くなるといいですね」


 私の去り際に彼女そう声を掛け、慰霊碑の前で静かに一人立ち尽くす。


「そうですね」


 思わぬ再会に一方的な別れを告げ、私は王都の門前へと到着する。

 門番との戦闘を避け、その監視を掻い潜ると、誰にも気付かれずに、王都の外へと脱出する。


「さぁ、これからどうしようかな……」


 私は聖剣を持ち出し、王都を離れることには成功した。


 今後は一哉の生死と王都の情勢次第で、私の行動は変わってくる。


 今は暫く身を潜めて、この雷魔法を習得したいところ。


 剣聖時代の癖でポンメルに手の平を乗せると、そこには雷魔法の波動を感じた。


「そうしましょう」


 私は剣の導きを頼りに、次の都へと旅立った。

  

 




 








 

 


 

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