第22話 無の魔法使い


 風魔法の修業を始めて、約一週間の時が流れた。


 あれから数日で飛行魔法を習得し、同時に無の魔法も練度向上を図り、イリスの光魔法の鳥を確保することにも成功。


 更に、その成果は戦闘にも出始めていた。


 飛行するロッテを追い、同時に追撃魔法を放つ。


 バンッ――!


 後方から追尾する形で魔銃を放つが、標的は後方確認と同時に魔法防壁でその一撃を阻む。


「もう空はロッテだけの領域じゃないぞ!」

「ついてくるのに必死ではないか!」


 宙を舞いながら、木々を抜けていく彼女の背に迫る。


 俺は魔銃から剣に切り替え、近接戦に持ち込み、右肩担ぎから横一線で剣を振るう。


 ドンッ!


「――ッ!」


 その剣は彼女を捉えず、勢いそのままに木に刃先が挟まる。


 彼女はその一振りを旋回する様にかわし、静止する俺を指差す。


《5.23518978175817…………》


 速射性の高い、風の銃弾。


 俺は無の魔法を解くと同時に左足の飛行魔法を解き、木に接近した瞬間、大きく踏み込み、右足の飛行魔法を解いた。


 ストンッ――!


 紙一重の差で風魔法を回避し、重力により体が斜めに飛んでいく。


「……ふぅ」


《5.758719857185718958165…………》


 宙で体勢を戻すと、飛行魔法のコントロールを取り戻し、再び彼女へと向かう。


《5.8757187598138589185091…………》


原初ゼフィアーラ!」


 ロッテは迎え撃つ形で、宙に佇立し、風の翼を大きく開いた。


 翼の前に幾つもの魔法の球が生成される。

 彼女が翼を羽ばたかれると、球は光線を放ち、こちらに迫りくる。


 ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!


 軌道は追尾する様にこちらへと一点集中し、包囲網が張られた。


「――ッ!」


 俺は急ブレーキを掛け、前方に魔法防壁を張る。


《0.5852789375195091905713…………》


 ぶつかり合う魔法の衝撃が、防壁にヒビを生む。


 爆音と煙の先で緑の魔法が既に次弾の魔法を生成してる。


 初弾の一撃を防ぎ切ると、俺はすぐさま引き返し、地面へ向かい、木の陰へと身を潜める。


 やはり、ロッテと遠距離戦をやるのは分が悪い。


 制空権を制した状態で、遠距離戦を展開する。

 何度かの戦闘で彼女が得意する戦闘スタイルを理解した。


「上三本って自負は、あながち間違えじゃないかもな……」


 特に遠距離戦は単純な火力勝負の魔法戦になる。

 そこに身を置けば、一切の勝機は見出せないだろう。


 次弾の風魔法が宙から放たれると、死角に潜む俺へと目掛けて放たれた。


 その場から疾駆し、再び飛行魔法を展開。


《5.753758931758913513613136…………》


「くそっ!」


 それを何とか回避すると、先程まで居た場所に煙が立ち、地面が凸凹に捲れ上がっている。


 ロッテは上空から俺を追尾し、風魔法の光線を何度も送り込む。


 障害物を利用しながら器用に追撃を回避し続けるが、埒が明かない状況に四苦八苦しながら、上空へと舞い上がる。


 同等の高さまで上昇すると、すぐに次の一手が襲い掛かった。


精風シル一撃・デフロ!」

「ガハッ――!」


 直撃をくらい、その衝撃で魔法操作の意識が薄れる。


 自由落下する中で、ロッテの姿が遠ざかっていく。


 空中で半回転し、地面に近付いた瞬間。


《5.3185137689786918…………》


 地面から風魔法を発動させ、その衝撃を抑え込むと、なんか着地し、片膝を地面につける。


 上部に魔法防壁を張り、数秒その場で静止する。


「――ペッ!」


 口の中の血反吐を吐き捨て、頭のぐらつきが正常に戻るのを待った。


 衝撃時よりも視界の靄は徐々に晴れ、頭だけで上空を見上げると、緑の光が煌びやかに映った。


「やっぱ、殺す気じゃねーか……」


 ヒュン! ヒュン!


 追尾の風魔法が上空から三度みたび、放たれる。


《5.653825938590185…………》


 俺は低空飛行でそれを回避しつつ、彼女の攻撃を様子を伺う。


 ドンッ!! ドンッ!!


 次々に降り注ぐ風魔法が地面に衝撃と爆音を起こし、煙が舞う。


 彼女はおそらく、このまま優位の状態で方を付けるつもりだ。


 だが、戦況はたった一つの魔法で覆せる。


「すぅ――」


 魔核の指輪が風魔法を使用し、光り続けている。


 自分の魔法を信じるしかない。


 俺は低空飛行を続け、ロッテから距離を取ると、再び半周し、彼女へと向かった。


《0.6823789317592838509…………》

《0.7859237860927609274…………》


 左方に無魔法の剣を二本、俺に追尾する様に遠隔で形成。


 右方に鎖付きの剣を同様に形成し、準備を整える。


 上空から固定砲台の様に、優位を握る彼女は俺を見下げている。


「――来るかッ!」


 ロッテの風魔法を回避しつつ、中距離まで詰め切ると、俺は一気に仕掛けた。


 魔法剣を左方から遠隔で飛ばし、彼女へと銃弾の様に放つ。


 スンッ! スンッ!


 同時に鎖付きの魔法剣を彼女の右方から遠隔で狙い撃ち、自分の手元に短剣を用意した。


 スンッ!


「七聖の前では、所詮この程度か……」


 当然の様に彼女は魔法防壁を張り、三つの魔法剣は阻まれた。


「すぅ――」

「仕舞じゃな……」


《5.3782767209819863…………》


 上空から複数の風魔法が反撃の雨を降らせた。

 同時に彼女は俺を指差し、敏捷びんしょうな魔法を見舞った。


精風シル一撃・デフロ!!」


 六方向+直線の一撃が包囲網の様に逃げ場を潰し、身に迫る。


「魔法防壁を張らない!?」


 草原で使い魔を介し、その戦闘を見続けるイリスが思わず、独り言を呟く。


 この状況を打ち破る形成逆転の一手。


 俺が彼女に勝てる唯一の武器。


 それは――創造だ。


「ロッテ……お前の前に立つのは、この世界を壊す男だ――!」


 空間認識をより深める。

 魔法剣から繋がれた鎖の構造を理解し、その先端に意識を集中。


《0.8975837289715193510985901851691…………》


 俺は左手に短剣を持ち、右手で鎖を掴んだ。


「――Realize」


 一瞬の閃光。

 上り立った光は、弾いた魔法剣の形を変化させ、その場に俺を移動させる。


「なっ――!?」


 スッ――。

 驚愕するロッテの左頬に、その短剣の刃先が触れると、微かな血が鋼を伝った。


 上空を見上げるイリスがその名称を口にする。


「あれは……時空間魔法……」


 勝負は決した。

 無魔法を解くと、自然落下する俺を浮遊させ、ロッテは悔しそうに口を開いた。


「ぐっ……。お主の勝ちじゃ……」

「はぁ……」


 彼女は安堵する俺をふかふかと浮かせたまま、物の様に運んでいく。


 この日、初めて彼女に勝つことが出来た。


「あの様な奇策……次は負けぬわ!」

「次も勝つさ」


*


 このエルフの森に転移して、約三週間。

 

 あれから俺は死に物狂いでイリスから魔法を学び、ロッテとの戦闘を繰り返す日々を送った。


 そして、遂に旅立ちの日を迎える。


 朝。


 イリスが用意した正装のストックと物持ちのいい食料を時空間魔法で仕舞い、手ぶらで草原へと向かった。


 心地よいが風が草原を吹き抜ける。


 俺は一颯の墓標に向かって手を合わせた。


「行ってくる」


 振り返ると、イリスとロッテの姿が映る。


 彼女達に近付くと、イリスが俺に向かい、端的に一言。


「あなたを魔法使いと認めます」

「……ありがとう」


 誰かに認められるということがこれ程、嬉しいことだとは知りはしなかった。

 それほどまでに、俺は嘗ての世界で情熱を持ち、何にも向き合ってはいなかったのだと再認識する。


 彼女達にとっては、長い人生の数秒の出来事かもしれない。

 それでも、俺にとっては、人生に置いて、最も充実した日々だった。


「イリス。俺は、世界を見るよ。それで、自分の選択が間違ってないことに確信を持って、再びここに戻ってくる」

「ええ。行ってらっしゃい」


「んじゃ、この魔法世界セカイ、壊してくるわ!」


 マントが風で揺れる中、俺は古代遺跡へと繋がる転移入口へと向かう。


 物寂しさを感じつつ、振り返らずに森へと歩き始めると、ロッテが一声を飛ばした。


「一哉! 七聖会議で待つ――!」

「ああ!!」


 そして、俺は二人に別れを告げ、次の舞台へと歩み始めた。


 待ってろ、祖の女神。


 お前がのうのうと玉座に座り尽くしている間に、俺は魔法の頂きを目指し、世界を見て、強くなる。


 そして、必ずお前の寝首を取ってやる。

 



 

 

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