第21話 助言


「さて、やるかの!」

「風魔法に置いて、ロッテ以上の魔法使いは居りませんので、今日は一日付き合って貰いましょう」

「良かったのう!」


 今日はやる気満々のロッテも昼前から同行。

 二人の先生による指導が始まった。


「よろしく頼む」

「散々、ワシの魔法を見てきたのじゃ。真似てみよ」


 ロッテはその場から近くの大樹の枝を指差す。


《5.08562785289589…………》


 ストン!

 風圧による銃弾の様な魔法は細い枝をいとも簡単に折り、地面に落下させる。


「ああ」


《5.gjishljgorwijiorwjgjwioge…………》


「なんだ!?」

「馬鹿者ッ! そこから離れろ!」


 ロッテの注意を受け、俺はその場から下がると一拍遅れで魔法が発動する。


 バンッ!

 衝撃を放った一撃は発動地点で爆発の様な風圧を生み出した。


「引かねば、指が折れておったの」

「どういうことだ?」

「やはり、二属性魔法を使いこなすのは容易ではありませんね」

「そうか……」


 本来、持つべき魔法数は一人一つだ。

 その理を破り、与えられる力――それが魔核という。


 昨日発動させた簡易な魔法とは訳が違う。


 攻撃魔法を放つ時、自分は今までの方法を固定概念に置く。

 それを意識的に切り替えなければ、二属性の魔法を使いこなすことは出来ない。


「もう一度だ!」


 一度、無属性の魔法を捨てる意識を持つ。

 人差し指の前に風魔法の塊を集め、放つ!



《5.01583759…………》


 ストン!


 目標とした木の枝の下方を通り抜け、奥の枝に着弾する。


「よし!」

「当たっとらぬわ! まぁ、最初はこんなもんじゃな」

「感覚は掴めた。次だ次」

「うむ」


 それから、何十発と風圧を放ち、地面には木の枝が積み重なる様に散乱する。

 自然破壊を繰り返す内に、より正確で高度な風魔法へと変化していった。


「この風魔法は初級じゃが、戦闘に置いては多用出来る代物。相手の動きを誘導したり、武器を落としたり出来る。要は、物は使いようというわけじゃな」

「なるほど」

「お主は風魔法だと、どんなものが便利だと思うかの?」

「さっき学んだ技もそうだが、やはり、飛行だ。飛行能力を持つ敵と戦う時には必須とも言える」

「うむ。なら、昼食後は飛行魔法じゃな」

「ロッテ。いきなり、上級魔法を教えるのですか?」

「こやつには時間はない。スパルタだと言われても、やるしかあるまい。それに、最初から出来るとは思っておらん」

「ああ、よろしく頼む」


*


 草原でピクニック風の昼食を終えると、すぐに次の段階へと取り掛かった。


《5.68517859179851…………》


 ロッテは足裏に風の渦を発動させ、その身軽そうな体を浮かせてみせた。


「簡単そうに見えるが、この浮遊までが容易ではない。試しにやってみよ」

「ああ」


 足裏に風を起こし、人体を浮かせる程の風力を放つ。


《5.35719857189…………》


「――ん?」


 足を中心に風が巻き起こり、地面の草が激しく揺れるが、俺の体は1mmたりとも浮き上がらない。


 魔法を強め風力が増すと、正面に浮遊するロッテの魔法と反発し合い、彼女のスカートをふわりと浮かせた。


 その正装に隠れた布地がチラチと視界に映る。


 黒……。


 集中力が途切れると、左右の魔力のコントロールを失い、姿勢が崩れ、地面に転がる。


「いて……」

「何をやってるのじゃ……」

「いや、何も……」


 俺は気恥ずかしさに思わず、彼女と視線を逸らす。


「もう一回!」


 昼から夕方まで、その日は徹底的に飛行魔法に時間を費やした。


 一時的に体を浮かせることには成功したものの、飛行と呼ぶには程遠く、進捗はかんばしくない。


「くっそ!」

「まぁ、こんなものじゃな。上級魔法は一朝一夕いっちょういっせきではいかぬものよ」


 俺は魔力消費による疲労感から草原に寝転び、空を見上げていた。


「やはり、漫画やアニメの様にはいかんな……」


 ロッテはその発言のニュアンスを汲み取ると、俺を見下げた。


「全てが都合良くいく世界など面白味に欠けるじゃろ?」

「……それもそうだな」


 俺は上半身を起こし、再び課題に取り組もうとする。


「よしっ! やるか!」


 トンッ!

 ロッテは俺の頭にチョップをかます。


「いて……」

「今日は終わりじゃ!」


*


 三人で食卓を囲む中、俺は肉を咀嚼し飲み込むと、隣席の人物に質問を投げかけた。


「ロッテは七聖の中だと、どれくらいの強さなんだ?」

「難しい質問じゃな……」


 上品に紅茶を啜るイリスが一度、ティーカップをソーサーに置き、返答にきゅうする彼女の真意を解説する。


「七聖に挑む者は居ても、七聖同士で戦う機会はありませんからね」

「そういうことか」


 だが、彼女は自己評価で答えを絞り出し、無理矢理その疑念に答えてみせた。


「まぁ、上三本には入ると思うがの!」

「どうでしょうかねぇ……」


 再び紅茶に口を付けるイリスは小さな笑みを浮かべている。


「うう゛ん! まぁ、お主が七聖に挑み、勝った暁には次の七聖会議で再会することになるからのう。生きていればの話じゃが」

「七聖会議?」

「王都の宮殿で、七聖のみで行われる会議です。世界情勢や魔導書の所有者が変化した時に開催される催しですね」


 つまり、国際会議の様なものか。


「ふむ」

「この世界では最も古い歴史を持つ会議の為、厳格な規則が定められています」

「お主で言えば、仮にその場で武力行使を行った場合、この全世界の敵として見做される訳じゃ」

「なるほど。それは分かりやすい」


 どちらにせよ、世界の敵になることは確定している身だが、その場で強行策に出れば、囲まれて処刑されるのが関の山。


 同時に複数の強者を相手にするのは、あまりにも浅慮な判断だ。


「お主がどれだけの猛者になろうとも、一人で目的を達成することは出来ないだろう。そこまで甘い世界ではないからのう」

「そうですね……。出来ることなら、光の魔法使いは仲間に加えたいですね」


 今後の行動に置いて、イリス達に協力を仰ぐことは出来ない。


 彼女の懸念点は、俺も志を立てた時点から考えていた。

 俺が人間である以上、自然治癒力に限度がある。


 そして、今後は立場的に戦闘が多く繰り返されることは必然。

 パーティーには必ず、回復役が必要だ。


「光の魔法使いはやはり、珍しいのか?」

「ええ、特に光と闇の魔法数を持つ者は希少です。ですから、その殆どが何かしらの役に付いていたり、権力者に囲われていることが多いと思います」

「そうか……」


 俺がまず思い付いたのは、陽菜の洗脳を解き、仲間に加えることだ。

 

 しかし、王都に出向くのはリスクが高い。


 それに彼女は祖の女神の手元に位置する人材。

 あいつ等も陽菜の存在価値は重々、理解しているはずだ。


 この策は捨て、旅先での出会いに期待するしかないだろう。

 

 国や環境に不満があり、野良である光魔法の使い手。

 そんな、都合の良い人物がいるのだろうか。


「イリスは今の祖の女神とは面識があるのか?」

「ありません。私が王都を離れてから、その地位が定められたのでしょう」


 すると、ロッテが横から口を挟む。


「あんなものは名ばかりの象徴に過ぎんのじゃ。戦争の旗印か、お主の言う転移魔法の装置でしかないであろう」

「やはり、他国でもそういう認識なのか……」

「じゃが、もし、イリスの友人だとしたら、お主はどうするつもりであった?」


 仮にそうであったとしても、その答えは変わらない。


「それでも、俺は……祖の女神を殺す」

「ふんっ。なら、よい」


 ロッテはおそらく、俺の覚悟を聞いていた。

 そのぶれない回答に渋々、納得してくれた様子であった。


「そうですね。きっと、今後の旅で数々の選択があるでしょう。しかし、一哉には最優先事項としてその命題があるはずです。目的を見失っては駄目ですよ。時には、切り捨てる勇気も必要です」


 俺はイリスの助言をしっかりと受け止め、その日の夕食を終わらせた。


 就寝前のひと時。

 窓から森の香りを感じ、精霊達の光を覗きながら、心を安らげる。


 辺りが静まり返ると、自然と思考が巡り、物事を整理をする。


 一颯の魔法を浴びた時、その思念から伝達された経緯が蘇る。


 おそらく、朔は洗脳魔法に掛かっていない。

 一人だけ蚊帳の外の状況で、彼女はどの様な行動を取るか。


 朔の性格なら、輪に溶け込んで、ひとまず状況把握に徹するはずだ。

 俺でもそうする。どこかの時機で合流出来れば都合が良いが……。


 そして、もう一点。


 転移時のあいつの反応。

 それに加え、あの発言の意図。


 こちらを優先的に考えるべきだ。


「……っふ」


 祖の女神。

 全てがお前の思い通りになると思うな。


 俺はほんの少しの勝機を見出し、ベットへと横たわった。

 

 




 






 



 

  



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る