第19話 修業


 翌朝、目を覚ますと開口一番にイリスに呼ばれ、リビングへと向かう。


「どうですか?」

「おお!」


 彼女は俺の為に正装を作ってくれていた。


「その服では動きづらいでしょう?」

「この制服は捨てようと思っていたんで、ナイスタイミングです」

「これ、元々は私の父の服で、王国調査員の物なんですけど、あなたは反逆者なので、対比で黒色にアレンジしてみました」


 意外とノリノリなイリスの様子に、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「ささ!」


 彼女は正装を押し付け、着替える様に促すと、俺を別室へと追いやった。

 着替え終わり、リビングへと戻ると、彼女にその姿をお披露目する。


「どうかな?」

「お~、良い感じです。私の見立てはバッチリですね。昔から黒のがかっこいいと思ってたんですよ。王国の規定で手を加えることは禁止されてたんですけど、あなたは国賊なので問題ないでしょう」

「……あはは」


 そういえば、彼女はラノベでもこういう好奇心が旺盛な性格だったな、と改めて思い出す。


 しかし、この服を纏うと異世界に来た感覚がより強くなり、少し心が躍った。


「イリス、ありがとう」

「はい。もう何着かストックを作りますので、また渡しますね」


 『このエルフ、老後を暇してたな』と、心の中で静かにツッコミを入れる。


「あはは……。ついでに、旅までに同色のマントも頂けると……」

「ありますよ」

「用意周到か!」

「魔法使いと言えば、マントですからね」

「そうなのか?」

「はい。さぁ、朝食を食べたら準備しましょうか」


*


 俺達は準備を終えると、草原へと移動した。


「昨日の魔法戦を踏まえて、お話します。魔法を発動するに当たって、口上を述べていましたね」


 昨日はアドレナリンが出尽くしていて、自分でも意識はしていなかったが、気恥ずかしさよりも先行して、その名称を口にしていた。


「自然と出ていた気がするな……」

「魔法を発動することに置いて、その意識が切り替えが重要です。ですので、あれは正しい魔法戦の知識と言えます。その一方で、熟練の魔法使いならそれを利用することも出来ます」


《6.0151897598175891…………》


「この様に、何も述べなくても……」


 イリスは小さな魔法防壁を生成した。


「魔法を発動することが出来ます」

「なるほど……」


 昨日の戦闘を思い返すと、肝心な場面で再三、ロッテの魔法防壁に阻まれていた。それに加え、銃弾の様な一撃も同様だ。


 より練度の高い魔法使いは簡単な魔法は口上を述べずとも、即発動を可能にしているのか。


「一哉の剣を飛ばす無の魔法は遠距離型で大きな武器になりそうですね。まずはあれの制度を高めましょうか。私が標的代わりに魔法防壁を出しますので、それに当てる練習をしましょう」

「了解した」


《6.015819751391…………》


 イリスはまず自分の近くに魔法防壁を生成。


《0.658758913791…………》


 俺は自分の隣に剣を生成すると、それに目掛けて剣を一直線に飛ばしてみせた。


 剣は光魔法を貫通し、二属性の魔法は消失する。


 彼女は更に難易度を上げ、地面から五メートル程度の位置に標的を作った。


「ん……」


 俺の作り出した剣は標的の下方を通過し、消失する。


「より空間把握を正確に行ってください。私は一度で破壊する様にとは言ってませんよ」

「了解」


 もう一度、剣を飛ばすとまたしても下方をすり抜けるが、俺は魔法を解かず、その剣をそのまま宙で折り返させて、自分から見て裏側の方向から標的を貫通させてみせた。


「……っふ。よし!」

「合格です。更に難易度を上げるなら動く的に対して、追尾出来るといいですが。追尾魔法は上級者なら皆、行使してきます」

「やってみたい」

「では、今日の目標はこれにしましょう」


 すると、彼女は人差し指を立て、その上に魔法を生成した。


「鳥?」


 指先にとまった一匹の鳥。


「この子を放ちますので、一哉の剣で破壊してみせて下さい。動きを止める上では、剣以外の魔法を用いても構いませんよ」

「やってみよう!」


 飛び立った鳥は凄まじいスピードで宙を飛翔している。


「え……」

「ふふふ……。頑張ってくださいね」


《0.658758913791758137589317…………》


「よしっ!」


 その後、複数の剣を使用し幾度なく魔法を放ったが、イリスの放った鳥には一度たりとも触れることは出来ず、魔法を消費するだけで昼食の時間を迎えてしまったのである。


「はぁ……はぁ……」


 俺が草原に倒れ込むと、その鳥はイリスの頭の上に戻り、魔法は四散する。


「お昼にしましょうか」

「はい……」


*


 昼過ぎ、小休憩の後に、次の時間がやってくる。

 修業という名の八つ当たりだ。


 俺が草原で一人、ぽつんと立っていると、問題のエルフは轟音と共にやってきた。


「グアアアアアアア――ッ!!!!」

「は?」


 俺が頭上を見上げると、その咆哮と共にバサバサと大きな羽を広げた巨体が地面に近付いてくる。


 その背に乗ったロッテが俺に向けて声を飛ばした。


「今日はこいつの相手をするのじゃ!!」

「は?」


 ドンッ!

 その巨体が地面に降り立つと、鋭い眼光がこちらを睨めつけている。


 鷲の顔と大きな翼に上半身、ライオンの体を持つ伝説上の生物。


 そこに現れたのは――グリフォンだった。


「普段は温厚なのじゃが、お主を倒すように指示してある。殺すつもりでやるのじゃ。致命傷はワシが防ぐからの」

「おいおい、マジかよ……」

「マジじゃ。こやつも遊び相手が出来て、やる気満々のようじゃの」

「グアアアアア――!」


 俺はすぐに森へと逃げ込み、戦闘は始まった。

 ロッテはグリフォンの上を浮遊し、戦いを俯瞰している。


 あれだけの巨体だ。

 ロッテとの戦闘よりは相性は悪くないはず。


 距離を取り、剣魔法を一斉掃射する。


《0.658758913791…………》


「がら空きだぜ!」


 スンッ! スンッ! スンッ!


 歯止めのない連続掃射。

 その巨体に剣の嵐を降らせる。


 しかし――。


 ロッテの方を見ると、魔法を波動させた形跡が伺える。

 手を下に下げ、その猛獣を援護していた。


「ッチ!」


 俺は煙の中を疾駆し、対敵に見つかる前に片足を狙いを定め、右方から攻める。


《0.358137985317891…………》

  

黒化シュヴァルツ・チェイン!」 


 地面から発動させた鎖魔法で、グリフォンの片足を拘束した。


「グアアアアアア!!」


 一気に距離を詰めると、その一撃をお見舞いする。


 グリップを強く握り、その刃に肉を切る感触が確かにあった。


「グアアアアアア!!!!」


 雄叫びを上げる猛獣。


 その瞬間、獣はくるりと身を回し、鋭い鉤爪が左方から襲い掛かる。


「――ッ! ぐあああああああ」


 その一撃を剣で受けるが、力の差で押し切られ、俺は駆け抜ける勢いのまま吹き飛ばされる。


「はぁ……はぁ……」


 吐血はない。軽い打撲程度の軽傷で済んだ。


 その一幕でお互いに一撃ずつを入れ合い、再び間合いを図り合う。


 彼女が手を出さなかったことを鑑みると、今日の戦闘での目的を理解する。


 より実戦形式に近い、近接戦の特訓だ。


 この異世界では魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている。

 そんな場所で生き残る為の策を見出す為に、彼女はわざわざこんな希少生物を呼び込み、俺に実戦させてくれているのだろう。


「……っふ」

 

 俺は彼女の意図を読み取り、小さく笑った。


「何がおかしいのじゃ?」

「おかしくはない。楽しいんだ……」


 昨日の戦闘もそうだ。

 俺はこの戦闘でも、より生を感じ取っていた。


 これ程のスリルは嘗ての世界にはなかった。 

 こんな高揚感は生まれて始めて感じる。


 少ない刺激の中で、守れた世界で歩むだけの人生に飽き飽きしていた。


 中学の時、死んだ魚の様な目で小説という刺激を求めた。

 神秘や空想、人間では成し得ない不思議な術が、今、この手の中に眠っている。


 この異世界は自分の制約を解除出来るだけの可能性がある舞台だ。


「お主も変人じゃな」

「あぁ、そうかもな」


 俺は再びグリップを握ると、複数の魔法を同時発動させる。


《0.595893175891789531563613…………》


「――行くぞ、グリフォン!!」

「グワアアアアアア!!!!」


 獣の咆哮と魔力の衝突がこの森に幾度となく響き渡った。





 








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