第18話 晩餐の夜


 その後、イリスの光魔法で身を起こすまで回復した俺は二人の老婆に囲まれていた。


 この部屋の平均年齢がとんでもないことになっていそうだ。


「その視線はなんじゃ? また無礼なことを思うたか?」

「イエ、ソンナコトハアリマセン」


 鋭い眼光がロッテから飛ぶ。


 俺は戦闘前の記憶を呼び覚まし、彼女に問う。


「ロッテ、俺を殺すんじゃなかったのか?」

「馬鹿者。お主にああ言わねば、本気でやろうとは思わなかったじゃろ?」

「なるほど……」


 確かに、あの戦闘経験は大きな収穫だった。

 彼女は彼女なりに俺の力を見定めていたという訳か。


「じゃが、苛立ったのもまた事実じゃ。手心を加えてもらっただけでもありがたいと思え」


 ふんとそっぽを向く彼女はまるで、子供の様な姿だった。


「ああ……」


 ……手心。

 確かに、俺は彼女に傷一つ、つけてはいない。


 あれだけの魔法を駆使しても、結果として、彼女の驚いた表情以外何一つとして引き出せてはいないのだ。


「一哉。そこまで落ち込むことはありません。ロッテは100年以上、魔法に研鑽を重ねた七聖です。それに比べて、あなたはまだ昨日、この世界に来たばかりの異世界人。魔法に関しては初心者です。あれだけの戦闘を繰り広げただけでも十分、素質はありますよ」


 イリスの励ましの言葉がまるで光魔法の様に心に染みる。


「ありがとう」

「事実を述べたまでです」


 まるで、聖母の様な笑顔に俺は癒される。


 それに比べて、こっちのエルフは……。


「見習え……」

「なんじゃと?」


 キィーとロッテが睨み付ける。


「あらあら」


 いがみ合う俺達を他所にイリスは楽しそうにその様子を見詰めていた。


 疲労困憊した俺の体がぐぅと腹の音を上げると、イリスがリビングへといざなう。


「う……」

「ふふふ……。そろそろ、夕飯にしましょうか。ロッテ、今日はこちらで食べましょう」

「頂くのじゃ」


 俺とロッテがリビングに移動すると、イリスは次々と皿を食卓に運んだ。


「手伝います」

「まだ体が万全ではないでしょう? 先に座ってて下さい」

「分かりました」


 昨日は急遽押しかけ、軽食となった為、あまり珍しい食材は並んでいなかった。


 しかし、今日は三人での晩餐。


 つまり、実質、初の異世界飯だ。


「先に召し上がってください」

「頂きます!」

「うむ。では、お先に」


 大きな肉と一口サイズに切り分けられた肉、パンとスープ。

 

 もしゃもしゃと食べるロッテを横に、俺も同じ物を取り分けるとそれを口に運んだ。


「旨い!!」


 肉の中心部に赤みが残る焼き加減。

 その弾力と鼻を抜ける香辛料の風味が、更に食欲を掻き立てる。


 俺は主食の固いパンを一つまみし、肉を追加して同時に頬張る。


「この肉は?」

「ケルノじゃな。そっちはセトじゃ」


 ロッテがフォークで指し示す、小ぶりの肉も試食してみる。

 

 鶏肉の様な柔らかさと上品な旨味が口全体に広がった。


「こっちもいけるぞ!」

「お口にあって良かったです」


 イリスはティーカップを三人の席に並べると、自身も席に着き、紅茶を一口、上品にすする。


「今ではここも人間の食文化に近いものに変化しましたので、食生活は不自由ないと思いますよ」


 異世界に置いて、食は非常に重要だ。

 活動する以上、食と金銭の問題からは避けては通れない。


 俺はゲテモノが出されても食べる覚悟はしていたが、イリスの功績に敬意を表す。 


 エルフの異文化発展は人間の自分にとっては、都合の良いものばかりであった。


「イリスに感謝だな。因みに、他の国はどうなんだ?」


 すると、隣でパンを頬張るロッテがそれに答える。


「うむ……。そこまで差異のある土地はないと思うたがのう?」

「マジか! それは非常に大きいな」


 ロッテ言い様が本当なら食の問題はクリアされたに等しい。

 この先に置いての、旅の問題が一つ解消された。


 すると、そのまま彼女はスプーンを振りながら俺に話しかける。


「しかし、あれじゃな。無から有を生み出す魔法が、0を示す魔法数とはのう。矛盾そのものではないか」


 ロッテの言い分は理解出来る。


 魔法の歴史は、1~7で構成された7属性に限られた。


 そして、俺が持つ無属性は0から成る魔法。


 完全に孤立した、1→即ち、有にも満たない不確定な存在。

 それを踏まえると、あの女神が異端者と呼んだのも納得がいってしまう。


 存在し得ない存在だ。

 まるで、今の俺と一緒だな。


 なんだか妙に親近感のある数字に、8じゃなくて良かったとすら思えていた。


「そうかもな……」


 すると、イリスが今日の戦闘を踏まえて、明日からの計画を告げた。


「一哉、明日からは昼食までは魔法の基礎。その後は日没まで軽い魔法戦を行いましょうか。その際は、ロッテに相手をして貰いましょう」

「ワシもそこまで暇ではないのじゃ!」

「嘘はよくありませんね。暇を持て余しているでしょうに」

「っぐぬ……」

「分かりました」


 すると、フォークに持ち替えたロッテがこちらに先端を向け、指し示す。


「ワシはお主に鍛練をするのではない。ただの八つ当たりじゃ。分かったな!」


 現役を退いたイリスはともかく、彼女には彼女の立場がある。

 世界を壊すなど戯言を言う逆賊に、修業をつけたとなれば彼女が咎められるのは必至。


 おそらく、七聖の矜持というやつだ。


「ああ、頼む」

「ふんっ……」

「しかし、イリス。どうして、俺に魔法を教えてくれる気になったんだ?」

「何故……でしょうね。ただあの時、あなたとの出会いが一つの巡り合わせだと感じました。そして、あなたの覚悟を聞いて、育てなきゃいけないと思ったのです」

「……」

「私はもう生い先短い身です。そして、私達の時代はうに終わっています。これからの時代を作るのは、あなた方、若い世代の者達なんです」


 この時、イリスへ一つの質問を思い浮かべた。

 

 魔法を創造し、それによって街や生活は大きく発展した。

 その一方で、魔法は武力としてすり替わり、伝説を引き金に戦争の時代へと趨勢すうせいの変化を起こした。


 この歴史を俯瞰ふかんして、彼女はその人生を『後悔しているのか?』と。


 俺には、そんな無礼な質問をぶつける勇気もなく、その感情を胸の内に留めた。


「……っふ。こやつには無理じゃな。まずはワシに傷一つでも付けてみよ」

「明日には、その余裕もなくなっているからな!」

「ほぉ~。まだそんな軽口を叩けるとは、もっと、いたぶらんと分からぬ様じゃの!! その馬鹿頭には!!」


 俺達の口論が激しくなりそうなところで、前席ぜんせきから凄まじい圧を感じる。


「ロッテ~。お行儀が悪いですよ?」

「う、うむ……」


 そんなこんなで晩餐の夜を過ごし、俺は就寝時間を迎えた。


 俺はベットに座り込み、クラスメイト達のことを考える。


「あいつら、今頃何してるんだろうな……」


 エルゼの言い様からおそらく、数ヶ月は命の保証があるだろう。

 勇者候補をみすみす無駄死にさせるとは思えない。


 俺と同様に今は世界の知識や魔法の教育を受けていると予想する。


 だとすると、問題になるのは魔王軍との初陣か。


 そして、もう一人。


 この世界に来て、記憶が蘇った人物の姿を思い浮かべた。


 『早く来なよ!』。


「姉さん、どこ行っちまったんだ……」


 気掛かりなことを沢山抱え、俺はベットに横たわる。

 そのままそっと目を閉じると体は疲労感を訴えて、ものの数秒で眠りについた。


 

 


 

 



 


 


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